手芸部の恋人達
私、猫柳茶子は愚か者である。私は常々そう思っている。別にテストの点が悪いから自己嫌悪しているとか、そういったことではない。友人関係で失敗した覚えも無い。類は友を呼ぶの諺にもあるように、愚者たる私には愚者である友人が出来るのは自明の理。別段それについて不満があるわけもない。彼らは皆、愛すべき馬鹿者達だからだ。
いや、それはいい。私が私を愚者だと判断する理由、それは、齢17にもなって、好きな男の子に素直な態度を取ることが出来ずにいるということだ。私は落着き払ったフリをして、冷静にトチ狂った女のような仕草をして、彼に対してあたっている。要するに照れ隠しでしかないのだ、私の行動は。
「――恥ずかしい話だな。何をモノローグしているんだ。誰に向けてるんだ。ええ……?」
誰もいない手芸部部室にて、私はそうぼやく。そう、ここは手芸部なのだ。私はゲームの類を持ち込んで遊んでいるが、本来はここは手芸をするべき空間であるし、彼はいつもそうしている。一方、私はここのところ糸も針も触っていない。
理由は明白だ。彼が近くにいると、そんなに細かい作業なんか、危なくてできないからである。針に触っているのに余所見なぞしていいわけがない。かといって、何もせずに彼を見ているのは不審に過ぎる。なので、ゲームなんぞやって誤魔化そうと姑息なことをしているのだ。彼は不服そうな、迷惑そうな顔を浮かべるので、私は胸に飛来した、息の詰るような感覚を掻き消そうと思って、軽口なんかを叩くのだ。
……ひどい悪循環をし続けていると、自嘲してしまう。事は解決しないばかりか、悪化していくだけと、知っているはずなのに。それでも、私は私を上手く制御できずに、ずるずると今まで続けていた。
もう終わりにしよう。今日は、そんな決心をしていた。こんな不健全な感情を引きずり続けて、彼の迷惑そうな、あんな顔をこれ以上見たくない。物事は何もかも明瞭で解かりやすくあるべきなのだ。好意を隠したり、敵意を隠したり、隠し事をするのは、宜しくない。だからこそ、私は、彼に私の身の丈を伝えるのだ。玉砕は覚悟の上、もしかしたらの期待も無い。私にあんな顔を常々向けてきている彼だ。容赦のない、氷の刃が如くの言葉の一閃で斬って捨ててくれるだろう。そうすれば、私の気持ちもさっぱりするというものだ。最後まで無責任な発想だが、彼にする最後の我侭だ。
そして、彼は訪れた。いつもの用に、どこか眠たそうな顔で、私の待つ部室にへと。彼は私が何事か言い出すんじゃないかと身構えていたが、私が殆ど眼鏡越しに睨みつけるようにしていたせいもあってか、少々面食らった様子でいた。彼は若干動揺しながらも鞄を机の上に置くと、訝しげに口を開く。
「……僕、何か忘れていましたか?」
「いや、少しな。心の準備というか、勇気を出すというべきか。ともあれ、実のところ、君には少々大事な話があるのだよ、文也君」
切り出してしまった。こんな風に言い出しておいて、やっぱ何でもないは通らない。つまり、私はもう後に引けなくなったということである。いわば背水の陣だ。ただし、勝算があるわけでもない。ただの自殺行為だ。
「部員が今更増えるとかじゃ、ありませんよね」
「それは喜ばしいが、残念ながら違う。あるいは、廃部の可能性も出てくる話だ」
間違ったことは言っていない。私が玉砕を遂げたのならば、その先私がどうなってしまうかはわからないが、私は少なくとも手芸部部長の座を降りることは間違いない。私と彼しか部員が存在せず、後は幽霊という状況においては、当然、部の存続は根本から揺らぐことになる。彼によっぽどのやる気が無い限りは、そのまま廃部だ。
「もったいぶるのはやめてくださいよ、先輩」
「うむ。いやすまない。冗長なのは癖でな。言いにくい事だけに、特に」
腕を組もうとして――やめる。これから言い出すことに適した仕草ではない。玉砕は承知の上だが、せめて誠実な態度で言い出したいものだ。私は小さく咳払いをする。それから、彼の顔を見つめる。急に凝視されたので、彼は少し戸惑っていたようだったが、私はまるでその隙を刺す様に、切り出した。
「――君が好きだ。文也君。どうか、私と恋人になっては、もらえないだろうか」
言った。ついに言った。顔が発火するほどに熱く、相当赤くなっていることは想像に難くない。そしてじきに青くなる。彼は拒絶するからだ。さて、あとはどう逃げるかだ。泣いてしまうかもしれない。覚悟しているくせに、予想を立てているくせに、的中したところで、取り乱さずにいられる自信が、まるでなかった。
彼が、驚いたように目を見開いて、それから意を決した様子で口を開く。聞きたくない、耳を塞いでしまいたいが――そんなことは、できず。
「僕なんかでいいなら、喜んで。先輩がそんな風に見ていたのは意外でしたけどね」
一瞬、思考が凍結した。彼の言っていることが、理解できなかった。理解する前に、私の身体は勝手に動いていた。彼の慌てた顔が視界に入った、と思った時には――。
「それなら、私は君のものだ。君は私のものだ」
私は、彼を抱きとめていた。小柄で、私より幾分か小さい彼は、丁度顔が私の胸の部分にくる。胸で彼の呼吸器を塞いでいるような格好になってしまうので、少ししたら開放してやる。彼は急に窒息しかけたせいか顔を赤くしていたが、それも愛おしい。
「わかり、ました。僕は先輩のもので、先輩は僕のものです」
「宜しい」
可愛らしい、彼のその、どこか力強い返事に、私は満面の笑みで応える。
世の中、どう転ぶかはわからない。だからこそ、嬉しく思うことも、あるものだ。




