七夕における素晴らしく下らない後日談
七月八日、月曜日。
七夕も終わり、今日からまた登校日である。A組も、昨日は晴れたのどうのという話で盛り上がっていた。
で、その日の放課後。上野は残って天地先生の教卓を片付けていた(天地先生の教卓は放っておくとすぐにチョモランマのようになるので、潔癖症上野が毎日片づけている)。
片づけていた、のだが。
「……なんだこれ」
「ん、どうした上野君」
駆け寄ってきた坂本に上野が見せたのは、手荒く三つ折りにされたピンク色の色紙だった。
「こ、これは……」
「だよね、やっぱそう思う!?」
「だな、これはこの間のあれだろう」
『この間のあれ』というのがなんなのかを説明するには、約数日前まで遡る必要がある。
「はい、コレ先生の分。ちゃんと書いてくださいよ」
「……村本、何コレ」
「はぁ、先生!今週の日曜日何日だか分かります!?」
「えー……七月七日?」
「そう!七日!七日といえば!?」
「あ」
「やっと分かりましたか、もう」
「今週の日曜洋画劇場、まだ録画してねぇ」
村本は盛大にずっこけた。
「違うでしょ!?」
「え、だって今週の日洋、『ムーンドライバー』だぞお前、『ムーンドライバー』舐めんなよガチで感動するからな泣くからなアレ。最後の『俺の仕事はドライバーだ、なにがなんでもお前を送り届けてやるよ、俺の体が尽きるまでな』とかヤバいからなアレ。ちなみに俺は映画館でうっかり涙ぐんだぞ」
「いや、私もアレは号泣モノだと思いますし録画もバッチリですけど、そうじゃなくて、七夕ですよ七夕!クラスで笹飾るから先生もなんか願い事書いてくださいって言ってるんです!ほら!」
そう言いつつ、村本は天地先生にピンク色の短冊を突き出した。
「ったく……大体、短冊なんてこの歳になって何書きゃいーんだよ、『リア充になりたい』位しかねーよ」
ぐちぐちと文句を垂れながら、困っているような、面倒くさがっているような面持ちで、天地先生は短冊を受け取ったのだった。
「――だよね、やっぱこれ、この間の短冊だよね」
「結局書いてくれなかった物だよな」
「俺、凄い開いてみたいんだけど……」
「……まぁ、あれだ、そんなところに置いておく天地先生が悪いということで……」
二人は若干の間を置いた後、バッと短冊を開いた。
二重線で消してはあったが、内容は一応読み取れた。
『俺のクラスが全員揃って卒業できま』
二人の間に、なんだか微妙な沈黙が起こる。
「……どうせなら『すように』まで書けよな……」
「そしてなぜ二重線で消す時間があったならゴミ箱に捨てないんだあの先生は……」
「――誰があの先生だって?」
抑揚のない声に振り向けばあらびっくり、天地先生ご本人のご登場である。
「うわ、あ、天地先生!」
「いやあの、これは」
「お前ら、人のプライバシーを勝手に覗くとはいい度胸してんなぁ」
天地先生の背景に、『ゴゴゴゴ……』という擬音が流れている。これはもう、完全に怒っている。
「ご、ごめんなさい!!」
「決してそんなつもりではっ……!」
「ほう……」
天地先生は、ふっと坂本の背後へ回った。そして、
「い、痛い痛い痛い痛い!暴力反対っ!」
結構な力で腕をねじ上げた。
「暴力に反対すんならプライバシーの侵害にも反対しろよ」
ぱっと腕を解放されると、坂本は安堵のため息をついた。
「というか、何故俺だけなんですか……」
「それは気分だ」
さらっととんでもない発言をし、天地先生は上野の手から短冊をひったくってぐしゃぐしゃにし、ゴミ箱に投げ捨てた。ナイスシュート。
「あの、先生、それ捨てちゃったら俺たち全員卒業できなくなりそうで怖いんですけど」
「そんなもん、元々二重線で消してあったんだから同じだろ。つーか、そんなもんに頼ったりしねーでもちゃんと全員卒業しろや。むしろ早く卒業しろ、俺の身が持たねぇから。ほら、下校時刻だ帰った帰った」
天地先生に教室を追い出された二人は、下校しながらひそひそと話し合っていた。
「卒業してほしいならフツーに言えばいいのに……」
「そうだな」