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殺して。実はそう言われた時、既視感を覚えたんだ。そんなことは今まで一度も言われたことがない。言われたのなら、覚えている。忘れるはずがない。けれどこの感じ、この締め付けられるような気持ちは、確かにどこかであったものだ。どこだったか。思い出したい。けれど同時に、思い出したくない気もする。頭を振った。今はそんなことはどうだっていい。真っ黒な川に沿って、ひたすら歩く。いつもの道。いつもと違う景色。これは単純に、夜だからだろうか。たぶん違う。式部さん。君は一体、何を思っているんだい? 僕に殺してほしいなんて。

はっとして、足を止めた。奇妙だ。どうして殺してほしいのだろう。もし君が悩んで、絶望して、死を望むのならば、なにも殺されるのを待たずに自ら命を絶てばいい。どうして君は、あえて僕を巻き込もうとするのだろう。

携帯が震えた。画面に映るのは、見知った名前。式部さん。そうだ。彼女は待っている。僕は歩調を速めながら、通話ボタンを押した。

『戸田クン、そのまま立ち止まって聞いてくれないかな』

 え?

あたりを見渡した。川の向こうで、光がふわふわと飛んでいる。

『こんなお願いをして悪いと思ってる。でも戸田クン以外には頼めないことなんだよ』

 僕は、なんとか唾を飲み込んだ。

『でも心配しないで。あなたには迷惑がかからないようにするから。だから今のうちに聞いて。ビルについたら始めるから』

 待った。待ってくれ。そんな言葉が生まれ、音になる前にかすれて消える。

『これから私たちはビルの屋上へ星を見に行くの。夏の最後の思い出づくりにね』

 …………。

『私はふざけてフェンスに登る。だから君には、その時にそっと私の背中を押してほしい。それで、終わり』

 落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。

気持ちが悪くなるほどドクドクする心臓を抑えて言い聞かせる。

『この時間、あの周りには誰もいないから大丈夫。あなたはそのまま、家に帰って』

「……いいかげんにしろ」

 そんな言葉が、あふれて出た。なぜ僕はそんなことをしなければならない。なぜ君はそんなことをしなければならない。なぜ君は死ななければならない。なぜ僕は君を殺さなければならない。同じ疑問が言葉を変えて、どろどろどろどろ流れ出す。

「君は一体、何がしたいんだ」

沈黙。光はさっきと少しも変わらず、ふわふわ儚く飛んでいた。チリリン。遠くで鈴が鳴った。

「……あ」

 まさか。もう一度、あの既視感。違う。今度ははっきりと思い出せる。これはいつ、どこで、僕が感じたものなのか。

『私さ、』

 マイクから聞こえるのはいつもとかわらない、式部さんの声。もういい。それ以上は言ってほしくない。聞きたくない。それでも声は、無慈悲に続く。

『幸せになりたいんだ』

 ………………。

つっと流れた涙に、僕はしばらく気づかなかった。



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