一
もともと短編だったのであんまり長くは続きません。気がついたときに更新していきます。お願いします。
『戸田クン、私を殺してくれないかな』
僕はその時、笑えばいいのか怒ればいいのかわからなかった。殺す。非日常にてあまりにも多く使われる言葉。こうして耳にしてみると、どうしようもなく滑稽に聞こえた。
「なにか、悩み事でもあるのかい?」
どうにか絞り出した声は、予想以上に冷静だったことに自分でも驚く。相手は、式部さんは、答えなかった。君が死ぬと生きてはいけない人がいるじゃないか。それは言わなかった。何となく、卑怯な気がしたから。窓を開けて、返事を待つ。夏の終わり。ぬるい空気がゆらゆら揺れている。夜の零時過ぎ。外は無音。携帯電話の向こう側も、無言。ときどきチリンと鈴が鳴る。おそらくそれは、彼女のロザリオについていたもの。
『君は誰にも気づかれずに家を抜け出すことができる?』
ようやく返ってきた声は、おかしいぐらいに明るかった。部屋を出て、耳を澄ます。聞こえるのは複数の寝息。それ以外はない。僕は扉を閉めて、窓へ戻った。
「いいよ。どこで待ち合わせだい?」
ふふ、と彼女は笑った。とても嬉しそうに。僕はそれを聞いて、どうしてか、不安になった。
『ビルで会いましょう』
「わかった」
待ってる。そう告げられて、電話は切れた。
寝巻を着替える。一歩一歩、慎重に運ぶ。廊下、階段、また廊下。玄関までの道が異様に長い。どうにか到着し、たどたどしく靴を履く。そして息を止め、神経を張りつめた。誰も僕に気付いた様子はない。息を吸って、吐く。それからようやく、家を出た。