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機械人形  作者: なめピロ
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三人の日常

 エドワードの自室は、作業場を兼ねた作りになっている。

 家の裏には、生前父が使用していた専用の作業場もあるが、大抵の蒸気機械なら作ることのできる環境がエドワードの自室には揃っていた。

 幼い頃から部屋に籠っては機械弄りをしていた結果である。

 今、その部屋の中で、エドワードはNo.23……コーヒーメイカーの複製を行っていた。



「アリス、そこの歯車を取ってくれ」

「はい。お兄様」


 アリスが完成してから、エドワードはアリスに蒸気機械作成の手伝いを任せている。

 とはいえ、アリスに可能なのはエドワードが求める工具や部品を選別し、手渡すことくらいである。

 そういう意味で、エリスの言った「あなたがいても何かできるわけでもない」という言葉は、嘘をついていたとは言い難い。

 最も、エリスがこの場にいたとしても、アリスと同様エドワードに蒸気機械を構成する部品を渡すことくらいしか出来なかったであろうが。


 今、この時代を成り立たせている蒸気機械は、今より50年前の蒸気機関の開発と、元より発達していた時計技術の融合にあった。初めは巨大なものだった蒸気機関は技術の革新により瞬く間に小型化し、歯車や発条を交えた独自の技術が編み出された。それが今の蒸気機械技術であり、勿論アリスを動かしているのも小型蒸気機関と、それによって作動する歯車の集まりである。

 とはいえ、その背景から、蒸気機関を用いない道具も蒸気機械と呼ばれることがあり、エドワードの蒸気機械No.1である懐中時計もその一つである。






 蒸気機械をエドワードが作成している間、一階の店舗スぺースで、エリスはその懐中時計を手の上で遊ばせながらつらつらと様々なこと――結局はすべて兄に繋がるのだが――を考えながら時間を過ごしていた。

 店に客が来ないということはないのだが、天才的な機械技師と言われていた父親の死後、店に来る客の数は目に見えて減っていた。

 エドワードの機械技師としての能力が低いわけではない。いや、むしろ彼は優秀な技師であると言えるだろう。

 しかし、蒸気機械技術の発展と共にあった父親との比較に耐えられるほど、天才的な腕を持つわけでも、またないのだった。

 エリスはそうやってエドワードを評価しない客を愚かであると考えていた。確かに、世に先駆けた偉大な発明こそないが、彼の作る蒸気機械は堅実で、故障を起こさず、見るべき者が見ればすぐに優れているとわかることだ。

 それに、エドワードは父にすら成し遂げなかった、完璧な機械人形……いや、機械仕掛けの人間の作成に成功している。……それが彼女にとって一番の頭痛の種でもあるのだが


「そうです、大体、何ですか、お兄様お兄様って……。あなたが言うならばお父様が正しいでしょうに」


 ……客足が遠のいた理由の一端が、こうして仏頂面で待つ店員であるということにエリスが気がつくことは、今日もなさそうだった。







「兄さん。そろそろ夕食にしたいと思うのですが」


 エドワードがようやく7台目のコーヒーメイカーを作り終えた時、エリスが彼の部屋に顔を出してそう言った。


「もうそんな時間か……。わかった。すぐに行くよ。アリス、先に行ってエリスの手伝いを頼む」

「……わかりました、お兄様」


 普段はエドワードの言葉には即答するエリスが一拍遅れて返事を返す。


「ん。じゃ、よろしくね。俺はこれを片付けてから行くから」

「なら、そのお手伝いを――」


 そう言いかけたアリスの言葉を、エリスが遮る。


「あなたは私の手伝い、でしょう?兄さんの指示に背くおつもりですか?」

「……了解」


 しぶしぶといった様子でアリスがエリスに続いて部屋を出ていく。

 アリスがエリスにこのような態度を取るのは毎度のことであり、それ故にエドワードはそんな二人を苦笑いで送り出して、部屋の片づけに取り掛かるのだった。






 夕食の前には不機嫌そうだったエリスだが、食事が始まると途端に機嫌が直った。

 これも毎度のことであるが、エドワードはエリスは食いしん坊だから、などと彼女にとって非常に不名誉な認識で納得しているのだった。――エリスが知ったら大変なことになりそうな誤解だが。

 とはいえ、本当の理由――アリスには不可能な、兄と共に行う食事という行為の優越感――をエドワードに知られるわけにはいかない彼女としては、ありがたいことなのかもしれなかったが。

 そのアリスは今日もいつも通り、壁際で静かに待機している。

 食事を必要としないということは、便利である一方で、彼女が人間ではないということを明確に印象付ける要因でもある。

 そのことを、アリスがどう考えているかは知りようもないが。


「そうだ、エリス。食事が終わったら、夜のうちに、複製したコーヒーメイカーを店に並べるよ」


 幸せそうに兄の顔を眺めながら料理を口に運ぶエリスに、エドワードが声をかける。


「では、明日からは久しぶりに忙しくなりますね」

「ああ。いつもありがとうな、エリス。……どうだい?最近、客は来るかい?」


 そう聞くと、エリスの表情が少し曇った。


「そう……ですね。来ないということはありませんが、やはり父さんがいたころと比べると……」


 深刻そうにそう言う妹に、エドワードは温和な顔を崩さないままに答える。


「それは仕方ないさ。父さんと俺では、技術に差がありすぎるから――」

「そんなことは!」


 途端に激昂するエリスを前に、しかしエドワードの表情はなおも変わらない。


「いや、いいんだ。ありがとう。俺のために怒ってくれて。でも、エリスがどう思ってくれようとも、世間からの評価というものはまた別さ。ここらで何か、新しい発明でもできればいいんだけどね」


 それを聞くと、エリスはなら、と皮肉げにエドワードを見た。


「そこの木偶人形を売ればいいんですよ。この家に居ても何の役にも立たずとも、見た目は良いのですし、何より他に類を見ない兄さんだけの発明です。学会にでもどこぞの好事家にでも、高く売れるでしょうし、兄さんの名前も――」

「エリス」


 エドワードの静かな一言で、昂ぶっていたエリスは一瞬のうちに黙り込んだ。


「それ以上言うなら、俺も本気で怒らなくてはいけなくなる。できれば、お前のことは怒りたくないんだ。わかってくれるね?エリス」

「はい……兄さん」


 それだけで、彼女は大人しくなる。エリスにとって一番忌むべきことは、敬愛する兄の怒りを買い、嫌われてしまうことなのだった。


「いい子だ」


 そう言ってエドワードが頭を撫でると、エリスは俯いて頬を赤らめる。

 そんな二人をじっと見つめる、感情の籠らない視線に、二人が気付くことはなかった。








 店にコーヒーメイカーを運び終え、風呂を済ませるとエドワードはアリスを連れて部屋に戻ってきた。

 アリスと兄が寝床を共にすることを、エリスが認めるはずもない。……実際には寝床を共にするどころかアリスは就寝すらしないのだが。それはともかく、現状、アリスはエドワードの傍に立って夜を過ごし、朝、目覚まし代わりに彼を起こすことを許されていた。

 ことの始めは単純で、アリスができてすぐの頃、彼女が最初にエドワードに求めたのが、彼の寝ている間の番だった。

 そんな行為は必要ないし、朝起こすのは自分の役割だし、何より一晩中兄の顔を眺めていられるなんて羨ましすぎると――勿論最後の一つは心の中に留めたが――エリスは猛反発した。しかし、アリスが自分の心を持っている何よりの証拠とも言えるアリス本人からの要望である。何としても応えてやりたいと思ったエドワードは、エリスを必死に説得し、何でもしてやるという秘密兵器を使ってまで、エリスに認めさせたのだった。

 ……ちなみにその後、エドワードは安請け合いをしたことを後悔するほどのエリスのだだ甘え攻撃に晒されることになったのだが……閑話休題。

 そんな理由でエドワードの傍にいることを許されたアリスだが、今日はそれだけに留まらず、寝る準備をするエドワードに更なる欲求を突きつけた。


「お兄様。お願いがあります」

「珍しいね。アリスのお願いを聞くのは俺もやぶさかじゃないよ。何でも言ってごらん」


 穏やかにそう聞くエドワードに、アリスは無表情に彼の顔を見つめながら、淡々と答えた。


「頭を撫でてください。お兄様」


 アリスの要望に、エドワードは少し驚いたような顔をしたが、すぐに小さく笑って彼女の頭に手を伸ばした。


「本当に今日は珍しいね。でも、そうやってお前に望みを言ってもらえるのは嬉しいよ」


 アリスが自分の望みを口に出すことは、あまり多くない。アリスと口論になることは珍しくないが、エドワードに対して何かを要求するということはほとんど見られないことだった。


「私にもしてくださらないと……不公平です」


 そう呟いたアリスの、顔を赤らめてこそいないが、俯いて心なしか嬉しそうな様子は、先ほどのエリスの反応を彷彿とさせるものであった。

 それは、彼女に蒸気の代わりに血が通ってさえいれば、エリスとまったく同じリアクションに見えたかもしれない。









 蒸気機械No.23 コーヒーメイカーの売り上げは順調だった。初日に量産した分はすぐになくなり、ここ数日間、エドワードはずっと部屋に籠って同じ作業を繰り返すことになった。

 そうしてついに材料が切れてしまったため、エドワードは家に二人の妹を残して買い物に出ることにした。エリスは店を留守にするわけにいかず、アリスは世間に公表していない機械人形であるから、人前に姿をさらすわけにはいかないのである。

 エドワードが家を出るとすぐ、いつも通りの口論が始まった。


「何処へ行くつもりですか?アリス」


 エリスが、エドワードを見送った後、階段を上ろうとしていたアリスに声をかける。


「お兄様の部屋で待機を。それが何か?」


 アリスの口から「お兄様」という言葉が出ると、エリスの元々良いとはいえなかった期限が更に悪くなる。


「兄さんはいないのですから、今日くらいはこちらを手伝ってはいかがです?」

「……私は人に姿を見られるわけにはいかない。よってあなたの要求を却下する」


 イラついた様子のエリスの要求を、アリスは平然と拒否する。誰に使われようが文句ひとつ言わない他の機械と違い、アリスは自分の意志を持ち、そしてその意志によって、自分はエドワードだけのものであると思い決めているのである。


「何も店番をしろと言っているのではありません。客の立ち入らないスペースでの作業なら、あなたにでもできるでしょう。……大体、兄さんがいない今、あなたにできる仕事はそれくらいではないのですか?」


 しかしエリスもそれくらいで引き下がったりはしない。アリスがこうしてエリスの頼みを断るのはいつものことであるし、何より、自分が店番として拘束されている間に、アリスが主不在の兄の部屋にいることなど、耐えられることではなかったのだ。


「お兄様から、あなたの仕事を手伝う、などという命令は受けていない」

「あら、本当に兄さんのことを想うのなら、私を手伝って少しでも店のために働くべきだと思いますけれど」


 エリスの言葉を聞いて、アリスは数秒、黙って考え込む。

 ……見た目には、何も考えずに突っ立っているようにしか見えないが。


「わかった。お兄様のためになるのなら。……それで、私は何をすればいい?」

「そうですね。それではまず……」


 そこまで言って、エリスは言葉を止める。

 元々来客の多くない店である。店の手伝いはアリスを兄の部屋へ向かわせないための口実であり、実際には姿を見せることができず、店番も不可能なアリスにできる仕事など、残っていないのである。


 「……倉庫の掃除でもしていてください」

 「それは今必要なこと?」


 鈍く輝く蒼玉の瞳でじっと見つめながらそう訪ねてくるアリスを、エリスは苛立ちを隠しもせずに、店の外、倉庫のほうへと追い出した。


 この通り、アリスとエリスの仲は決していいと言えるものではない。エリスは人形の分際で自分の最愛の兄に近づくアリスを良く思っていないし、アリスもエドワードに対してとエリスに対してでは、明らかに態度を変えていた。


 しかし、兄に対しては従順で、邪魔者に対しては一切の優しさも見せず、嫌悪するその様は、実の姉妹のようにそっくりであると言えるかもしれない。

 いや、実の姉妹どころか、双子、それとももはやもう一人の自分自身か。

 もしかすると、二人がお互いを嫌いあう理由は、ただの同族嫌悪なのかもしれない。



 お互いを疎ましく思う似た者同士の妹二人と、そんな二人を苦笑しつつも優しく受け止める苦労人の兄の生活は、こうして続いていくのだった。

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