【掌篇】かみさまの小部屋
この部屋はそれほど狭くないので、ある程度時間があった。でも、何が出来るというのだろう。食べ物は十分に用意されていた。音楽をかけることもできたし、本も並んでいた。けれど私たちはそれらに目を向けず、ベッドの上で二人手を握って座っていた。会話はほとんどない。この窓のない部屋で、水の滴る音だけを聞いている。繋がれた手は温かく柔らかい。ずっと昔からそうだったように。ぴちゃり、ぴちゃり。正しいか分からない時計の表示は夕方。終わっていく時刻。
ぎし、とベッドが軋んだのは彼女が身じろぎしたから。彼女が私に向ける細い顔、白い声。
ねえ、お姉ちゃん。
なあに。
怖いよ。
そうだね。
声は止まって、水音は止まらない。彼女の震えも、ぎゅっと手を握っても止められない。
私たちをこの部屋に入れた人を、たとえばかみさまと呼ぼう。かみさまの考えは分からない。気持ちも分からない。ただそれが当然であるかのように、私たちを閉じ込めた。そしてそれっきり、姿を現さず声も聞こえない。
繋いだ彼女の手に、もう一方の手も重ねる。二人とも脆く、何の力もない手だ。与えあう熱だけはある。その内を流れる同じ血も。産まれる前のように一つになれたら、もう怖くないのか。それともそうなれば一人だから、もっと怖いのか。 考えながらゆっくりと私たちの手を撫でる。私は気持ちがいい。多分彼女もそうだと信じる。それなら、もうそれだけでいいのだろうか。他にすることもないのならば。他に出来ることもないのならば。恐怖が消えることもないのならば。
ぴちゃり、ぴちゃり。部屋の隅に水が滴る音がする。隙間のないこの部屋で、水は一滴ずつ暈を増す。この部屋を満たすまで。私たちを沈めるまで。説明はない。多分、救いも。
お姉ちゃん、と彼女が呟いた。
幸せだった?
どうかな、でも満足はしてないかも。
私も。……お姉ちゃん。
なに?
好きだったよ。
……私もだよ。
部屋の床には、水と一緒に私たちの言葉が溜まっていく。そうだ、手を繋ぎながら、もっと話そうか。そうしたら、水で溺れるより先に言葉で溺れられるでしょう。それはきっと、少しはマシだろうから。きっと、悪くないよ。かみさまが何を望んでいようとも。
お読みいただきありがとうございました。みんな、人と話す理由は、こういうことだと私は思うのです。