ゴスロリバンド劇場
初めてオリジナル短編というのは書きました。長さ的にもどのようなものかがいまいちわからないのですが、こんな感じでよかったのかな? 他の小説のほうが停滞気味ですが、どうぞ。
ある日、私の目に飛び込んできたものは御伽の国の服だった。
友達のユリちゃんから「こんな服ってかわいいと思わない?」といわれて一冊の雑誌を持ってきた。
それはいつもユリちゃんが見ているファッション雑誌で、持ってきた雑誌の表紙にはでかでかと「ゴシック&ロリータ特集!」と書いてあった。
ゴシック、そしてロリータ。名前を聞いたことはあるけど実際に見たことはない。映画なんかでたまに見ることはあるけど、生で見たことはなかった。
それは私にとって御伽の世界の服装で、現実にあるわけがない、なんて思い込んでいたけど世界は広かったみたい。ユリちゃんがあらかじめ折り目をつけていたページを一発で開いて、そこにある写真が私の目を奪った。
そこには童顔(に私は見える)女性がフリフリのフリルのついたピンクの洋服を着て、かわいらしいリボンをつけている。女性を象徴するかのような素材でできたその洋服はまさに私が子供の頃夢見てたものだった。一目惚れした私はしばらくそれを見続けていた。ユリちゃんも私の反応が思ったよりよかったからか、「どう? どう?」と何度も聞いてくる。
六度目ぐらいの「どう?」で私は迷わず頷いた。
「それじゃ二人だけのマークつけようよ! ブランドみたいなさ」
そういってユリちゃんは紙とペンをとりだし、しばらく悩んだ後になにやら記号のような文字を描いた。
「あたしのユリのYとヒナのHを合わせて作ってみました! どう?」
自分たちのマークというのが魅力的な響きで、私は頷いた。
そうしてロリータファッションにはまったのがちょうど中学二年にあがって三ヶ月ぐらい経ってからだった。
そして、それは高校二年になった今でもはまり続けている。むしろどんどんのめりこんでいってしまっていた。別に悪いことではないけれど、今まで地味な服しか部活(家庭科部)では作らなかったし、着る服もどちらかといえば暗色系が多かった私が、突然見慣れない、前とは正反対のロリータファッションにはまりだしたとき、親は気が動転したらしく私を問い詰めたが、別に私はおかしくなんかなってない。
そんな私は今、学校での休憩中に『ゴシック&ロリータバイブル』。略して『ゴスロリバイブル』を見ている。最近はゴシック、というものには興味を持ちつつあるのだ。
「ヒナ、何読んでんのー?」
席が一番後ろの私に、ユリちゃんが教室の前のほうから歩いてきながら聞いてきた。ヒナ、というのは私の名前。苗字は村永-ムラナガ-。
「ゴスロリバイブル」
熱心に研究の意味もかねてゴスロリバイブルを見ていた私は簡素にそう答えた。
「ヒナはほんとそっち系のにはまっちゃったよね。ちなみに、今の私はもっぱら民族衣装ってのにはまってるよ!」
ユリちゃんはなぜか自信ありげにそういった。
ユリちゃんとは中学の頃からの友達で、今では親友と呼べるぐらいに仲良しだ。
家庭科部で知り合って、そこで最初に話したのがユリちゃん。そんな些細なことだったけど、充分すぎるきっかけとなったのだ。
「民族衣装ってまたマニアックだね」
「それをいうなら、ゴスロリだってマニアックだと思うよ、あたしは」
少し苦笑まじりに私がいうとユリちゃんはそう言い返してきた。民族衣装とゴスロリを比べるんだったら、まだ明らかにゴスロリのほうが知られてる幅も広いと私は思う。
「民族衣装っていうのはその場所に暮らす人々の文化を視覚的に表す文化的財産なんだよ!? しかも知ってた? 日本の着物とか呉服。ああいう和服も民族衣装に入るんだよ!」
自分のはまっているものについて語りだす。それがユリちゃんの癖だ。
ユリちゃんはころころとはまるものが変わって、ゴスロリ以外にもアシンメトリー(左右対称な造りのスタイル)。フォーマル(正装とみなされる礼服)にミリタリー系(軍服テイストを加えたスタイル)などにもはまっていた。今は民族衣装みたいだから、もっぱらエスニック系といったところだろう。
「でもやっぱりゴスロリだよ。御伽の国のアリスみたいな服装あこがれないの?」
「うーん、若かりし頃のあたしだったらあこがれていたんだろうけど、今はもっぱら渋いおじさん、みたいな?」
「ぷっ、それ意味わかんないよ」
「あたしもわかんなーい」
そんなよくわからない会話に私とユリちゃんはお互いに笑う。
こうやって毎日ユリちゃんとファッション関連の話をするのが私の学校生活。もちろん勉強だってするけど、一番楽しいのはこの一時だ。他にも友達はもちろんいるけど、ほとんどはユリちゃんと話してる。
そうやって一日が終わるんだ。家に帰ったら大好きなゴスロリ衣装を着ては思いに夢はせる。
―――そんな私に転機がやってきたのは、いつものユリちゃんとの会話からだった。
翌日、ちゃんとカバンの中にゴスロリバイブルを入れたのを確認してから登校して、学校で朝のSHR-ショートホームルーム-が始まるまでの短い時間をゴスロリバイブルを読んで過ごす。
すると、いつもより早めに登校してきたユリちゃんがなにやら息を荒くしながら私の前にやってきた。
「ふぅ……ヒナ」
息を整えてから静かにユリちゃんは私の名前を呼んだ。
「…どうしたの?」
「時代はロック&パンクなのよ!」
「………………えっ?」
あまりにも唐突な発言に思わず私は聞き返した。
「だからバンド始めようと思うの!」
「………………はいっ?」
確実にユリちゃんが他人なら私は相手にしていなかっただろう。それぐらいによくわからなかった。
「確かヒナ、歌うまかったよね?」
「えっ、待って。ユリちゃん、話が読めない」
「だからバンドでヒナがボーカルをやることは決定っていうことで」
何も説明しきれていなかった。むしろ問題がわからないまま結論を言われた気分で釈然としない。
ユリちゃんとカラオケは一回しかいったことがないけど、そのときのことをいっているのだろうか。確かに歌は好きだけど、バンドなんて人前でやるようなことだったら絶対に歌えない。私は静かにひっそりと過ごしているのがいい。
「ユリちゃん、ごめんけど私ボーカルは」
「なに? ボーカルが駄目なら、ギターとかやってみる?」
「いや、そうじゃなくて」
「あっ、あえてここはベースとか! 渋いね、ヒナ」
「……もうボーカルでいいです」
それなら早くいいなさいよー、とやけにハイテンションなユリちゃんは肩をばんばんと叩きながら言う。
どうせユリちゃんのことだし、きっと一時的なものだろう。すぐに次のマイブームメントに突入するだろうし、と私はやるかどうかもわからないバンドのボーカルをすることになった。
その日はユリちゃんが、メンバーを探さなきゃね、といってどこかへ走り去っていってしまった。朝のSHRまであと三分ぐらいしかないのに、その三分でいったいどうやって探すというのだろう。今にユリちゃんの破天荒が始まったことではないけど、少々親友としては心配だった。
休憩に入るたびに教室を飛び出し、バンドメンバーを探す。
高校二年、というもうそろそろ受験とかでみんなピリピリとする最中、その中で違う刺激を求めようとしてバンドをはじめるなんてのは男子の青春の一ページではないだろうか。少なくとも私みたいな内向的な女子は静かに過ごして、たまに恋なんかをしてその人に想いをはせたりするのがあるべき青春の一ページだと思う。
「バンドかぁ……」
少し考えてみた。人前で少しは自信のある程度の歌を披露する自分を。どうせなら衣装はロリータかゴシック、いっそのこと合わせてゴスロリがいいな、なんて考えてみる。
「……まぁ、ないか」
どうせやらないだろう、と思って私はゴスロリバイブルの気に入った服のページを見るのだった。
ところがどっこい、次の日。予想は斜め上、あるいは真上にいった。予想の世界にニュートンの万有引力の定理が適用されるのであれば、ニュートンもびっくりなぐらいに。
この日ももちろん学校。昼休憩になって、いつもならユリちゃんと一緒にお弁当を食べている時間なのだけど今日はいつもと違った。ユリちゃんは確かにいる。だけど更に三人ほど男子がいるのだ。
「集めてきたよ、バンドメンバー!」
私は唖然とした。まずその言葉に。そしてユリちゃんの行動力に。
「左からベースの……なんてったっけ?」
「ひ」
「あー! 思い出した! はい、左からベースのヒロくんにギターのタクミくん! で最後ドラムのタカシくん!」
ヒロと呼ばれた人はたった一文字しゃべっただけだったのだが、ユリちゃんにさえぎられてその言葉の続きをいうことはなかった。名前は間違ってないみたいだからいいんだろうけど。
「えっと、ヒロです。よろしく」
「俺はタクミ! 高校でバンドするのって俺の一つの夢だったんだよ! 呼んでくれてありがとな!」
「オレはタカシな。よろしく」
それぞれ簡単に自己紹介をする。
失礼ながら私のそれぞれの第一印象。ヒロ、内向的。タクミ、外交的。タカシ、中立的。
「君の名前は?」
ヒロがたずねてきて、私は少し緊張しながら自己紹介をした。
正直内向的で人見知り、しかも異性が三人もいるという状況は私にとって居辛い環境だった。
「ってなことで、ヒナ! がんばってね! 私もがんばるから!」
「がんばってね、ってどういうこと?」
「あたしはヒナたちの衣装提供係ってことで。ロックでパンクな服を作ってあげるよ!」
…それってつまりはユリちゃんはバンドメンバーとして入らないということ? ある意味衣装提供ということにおいては入るのかもしれないけど。
「ファイトだよ! ヒナ!」
「これからよろしくね」
「よろしくぅ!」
「よろしく」
流れに身を任せた自分を呪うべきなのか、それともこんなことを仕組んだどこかの神様を恨むべきなのか。はたまたユリちゃんの行動力を呪い恨むべきなのか。
「ライブとかするんだったら絶対に見に行くからね!」とユリちゃんはいってくれた。
そんなこんなで私の転機はやってきたのだ。バンド活動。それが私の転機であり、確かに前進する一歩。
翌日、学校の帰りに、何を演奏するか、という話をするためにユリちゃんは躊躇いなく自分の家へヒロ、タクミ、タカシ、そして私を招き入れた。
ユリちゃんはあらかじめ、ロックかパンクがやりたい人というのを条件に人集めをしていたらしく、三人のやりたいジャンルはほぼ一致していた。
だけど私だけは違う。
「ゴスロリな感じの曲がやりたい」
私がいったこの言葉にみんなはキョトンとしていた。正直な話、私はあまり音楽には詳しくない。今まで気にいった歌は大体J-POPばかりで、みんなが聴くような歌ばかりだった。
少し前から『ALL PROJECT』という通称“オルプロ”というボーカルの愛野アリカがロリータ・ファッションの愛好家である音楽ユニットが気に入って、最近はそれをネットなんかで聴いているだけだ。
私は彼女が身に着けているようなゴスロリ衣装に惹かれ、それを着てみたい、と思っていた。歌も独特なものがあって、初めて自分で興味をもてたユニットだ。
「ゴスロリな曲……?」
最初に口を開いたのはヒロだった。私がうなずくと、みんなは唸りだしてやがて一つの結論がでた。
「つまり、ゴシック・ロックがやりたいってことだろ!」
その結論を口に出したのはタクミだった。
その響きに私は惹かれ、どういうものかもわからないのに「そう、それ!」とたぶんユリちゃん以外には初めて見せるハキハキとした顔でいった。
「ゴシック・ロックか……言葉でいったら難しいけど、端的にいえば今のヴィジュアル系だよな」
タカシが冷静にいった。
ヴィジュアル系、というのは私も知っている。実は最近それにもハマりつつある。
こうして、今日の何を演奏するか、という議題の会議は終わった。少なからずとも、私のやる気はあがっていた。他のメンバーたちも嫌な顔一つせずにそれに同意してくれた。明日からは練習開始だ!
翌日。練習開始、というのは嘘。というか私の勘違いだった。
今度はヴィジュアル系のどのバンドの曲をやろうか、という話になったのだ。ちなみにユリちゃんは別の用事があるとかおらず、今日は放課後の学校の教室に残って会議中である。
「曲って作るんじゃないの?」
思わず私はそんなことを聞いた。このときの私はバンドを組んだらみんなオリジナルを作ってそれを披露するものだと思っていたのだ。
「いきなりオリジナルを作るの?」
「いや、それもいいんじゃねえか!?」
ヒロの戸惑いにタクミはハイテンションになって私のいったことに賛成した。
「ヒナは何か歌いたい曲とかないのか?」
タクミの問いに私はしばし考え、「ALL PROJECT」と答えた。
すると三者三様首をひねる。「なにそれ? オール○人?」といいたげな感じだ。いや、そんな反応は年代的にありえないか。
後日私がオルプロのCDを持ってくる、ということにしてその日の会議は終了した。
こんな感じで私たちは次第に仲を深めてゆき、結果としてコピー曲はやらずにいきなりオリジナルに挑む、という初心者たちにとってはとても無謀にも似たことをした。
皆が思うままに音を作り、それに私が書いた詩を歌に乗せて歌う。そうしてできた一曲。製作期間は丸々一ヶ月。暇さえあれば曲作りについて話し合い、私は確実にこのバンド活動というものにハマっていた。初めてできた一曲目をみんなで聴いて、みんな喜びに満ち溢れていた。そこらへんのバンドなんかに比べたらまだまだなものだけど、それでも自分たちで作った曲ということが私たちを喜ばせてくれた。
こんなことをずっとしていたからってゴスロリバイブルを読まなくなったりしたわけではない。他のメンバーとは教室がばらばらで、集合するのは昼休憩に食堂。
私はいつも一番最初に食堂にいる。今日はユリちゃんは購買の焼きそばパンを買うとかでダッシュで購買のほうへと向かったから一緒にはいない。食堂にはゴスロリバイブルをもっていってメンバーを待つ短い時間の間にちょろちょろと見ては、こんな服がほしい、と想いをはせた。
そう、いつも想いをはせるだけ。私は雑誌に写っているモデルの服を自分にトレースして、妄想の中でしかその衣装を着たことがない。たまにお店にいってショーウィンドウに並ぶそれを見ては、ただ指をくわえて帰るだけだった。今もそうだ。中学二年のころにハマって、一度たりとも身につけたことはない。
あの手の服は普通の服なんかより断然高くて、親からバイト禁止されている私にはなかなか手の出るようなものじゃなかった。
お年玉で何度か買おうと思ったが、私がもらえるお年玉は五千円程度。数万はあったはずなのに、なぜか全部親の元へといくのだ。私がもらったのだから私にくれてもいいのではないかといつも思う。
高校になった今だってお小遣いは三千円。ノート代だったりとか、ゴスロリバイブルを買うのだってお金がいるし、服なんてとてもじゃないけど買えるものではなかったのだ。親に頼んだって無理だろうということは言う前からわかっているし。
私は思わずため息をついて、雑誌の写真に再び目を落とした。
「何見てるんだ?」
そこへやってきたのはタカシだった。昼食のうどんを持って私の対面に座り雑誌を覗き込んできた。
「なんだこれ? ロリータっていうやつか?」
そうだよ、と私は答える。
オルプロの存在を知っているタカシたちにとっては、それは少々見慣れたものであった。
案外みんなオルプロを気に入ってくれて、たびたびCDを貸してくれ、といってくるのだ。私一人だけの楽しみがなくなった、という感覚と共に、私に共感してくれる人ができた、という喜びに変わったあの時のことはまだ覚えている。
「こんな服着てみたいのか?」
「うん。だけど高いの、こういう服って」
「もってないのか?」
「うん」
そう答えると、タカシは私を下から上までざっと見てからうなずいた。
「お前、似合いそうだな」
「えっ? そ、そうかな?」
突然いわれたことに私は動揺しながら、ほっと安心していた。
ゴスロリ衣装を見るたびに、それを自分が着ているところを想像していたけど、似合っているかどうかなんてわからなかった。例えタカシが想像でいったものだとしても、それは正直にうれしい言葉だった。
「確かオルプロもこんな服着てたよな。俺たちもそういうジャンルの音楽やるわけだし、着てみないか?」
思ってもみないことを言われて私は言葉に詰まった。
「でも、私買えないし……」
「とりあえずみんなと話し合ってみようぜ」
な? とタカシがいって私はとりあえず頷いた。それから数分後にヒロとタクミ、そしてユリちゃんがやってきた。
ひとまずみんなにさっきのことをタカシが話して、みんなは迷うことなくOKサインをだした。
「でも、衣装は?」
「そこはヒナ、あたしに任せなよ!」
「でも、ロックでパンクな衣装作るんじゃなかったの?」
「ヒナが着たいっていうんならゴスロリへ趣向変更だよ!」
ユリちゃんが胸を張ってそういった。私はあまりのうれしさに泣きそうになった。
「そういえば中学のころに作ろう、っていって作らなかったんだよね。確かあたしが飽きちゃって……。今回はヒナのために一肌脱ごうじゃない!」
そこで私の涙腺はゆるんで涙が自然とでてしまった。皆があわてて心配してくれたのに謝りつつ、感謝しつつ、私はやっと今度ゴスロリの服を自分で、この身で着ることができるんだ、と思って胸のどきどきが止まらなかった。
「ところでよ、文化祭はもちろん出るんだよな!?」
一段落したところでタクミがカツ丼を食べながらそんなこといった。
文化祭。毎年うちの高校は十月ごろに行われる恒例行事。文化祭では様々な出店がでるとともに、体育館を使ってのライブパフォーマンスもある。
今は六月でもうそろそろ夏休み前。練習するには充分期間があった。
私はもちろんみんなはそれに賛同して、一つの目標ができた、と更に活動を活発にするのだった。
六月。
文化祭ではみんなの知っていそうな曲をやろう、とういことでコピー曲を探す。
曲名は知らないけど、確かにどこかで聴いたことのある曲が二曲ほど選ばれて、それを練習。
そこで今さらながらバンド名を決めていない、と私がゴスロリな服を着て出る、ということでバンド名は『GOTHIC』となった。
七月。
下旬になってやっとのこと夏休みに入り、実ははじめてのスタジオを借りての練習。
観客こそいないものの、そこで演奏するというのは気持ちよく、私も歌うのはとても気持ちよかった。
カラオケなんかで歌うよりも断然いい。一丸となって演奏できる、歌えるこの空間はとても心地がよいものだった。
八月。
夏休み真っ盛り。コピーする曲もだいぶできるようになって、私の歌も少しずつうまくなっていった。
バンドメンバーでお互いにアドバイスをしあいながら、確実に形作っていった。
皆が早く文化祭で披露してやりたいと思うほどに私たちのやる気は満ちていった。内向的だった私がこんなことを思うようになったのは、きっと初めてだ。
ユリちゃんもこの間に私のためのゴスロリ衣装を作ることに奮闘していてくれた。あーでもないこーでもない、とデザインをして今はやっと作っている段階なのだそうだ。私にはデッサン画も見せずにお楽しみ、ということにしといている。とても楽しみで仕方がなかった。
夏休みの間はずっと練習というわけではなく、皆で海にでかけたりもした。高校生バンドのライブを見に行ったりして、それで自分たちのモチベーションをあげたり。充実した夏休みを私は送った。
九月。
夏休みがあけ、それぞれ文化祭でのクラスの出し物を決めるに当たって一気に学校は文化祭ムードへと変わっていく。
うちのクラスもそれを決めるために、朝の授業の一時限目を使ってそれを決めていた。
「この中で、ステージ部門のほうに出る予定の奴はいるか?」
私は迷うことなく手をあげた。手をあげたのは私だけで、少し恥ずかしい。
誰もが予想もしない人物が挙手したからか、一気に私はクラスの人たちから注目の視線を浴びる。先生でさえも驚いたようで「先生驚いたぞ」なんてそのまんまな感想を言っていた。
うちのクラスの出し物がその時間のうちに「お化け屋敷」とあっさり決まり、その時間が終わってから早速前の席のあまり話したことのない男子生徒が話しかけてきた。
「お前バンドとしてでるのか?」
「うん」
「何やるんだ? っていうか、パートは?」
「えっと、ボーカル」
「お前がボーカル!? えっ、それじゃ歌はやっぱりチャットモンキーとかなまものがかりとかやるのか?」
「そういうのはらないかな。やるのはヴィジュアル系の曲なんだ」
「ヴィジュアル系ってことは……シードとかカセットとか?」
「そうそう」
そんな話をして、その男子の友達が集まってくると、さらにその男子たちも加わって話がはずんだ。
更にユリちゃんがやってきて、だんだんとはずんできたところでチャイムがなり、また後で、ということになった。
いつもの私とのギャップのようなものがあるからか、私は一躍人気者、というかクラスのみんなと話せるようになった。
「ヒナ、もうちょっとで衣装できそうだよ!」
昼休みにいつものように食堂で他のメンバーがくるのを待っていると一緒にきたユリちゃんが朗報ともいえるその知らせを私に伝えた。
「ほんと!?」
「思ったよりフリルとか難しくてさ、今週中には完成予定!」
「やったー! ありがと、ユリちゃん!」
私は思わずその場で人目なんて気にしないでユリちゃんに抱きついた。何人かに見られたけど、そのときの私はそんなことどうでもいいぐらいにうれしかった。
もうちょっとで憧れのゴスロリを着ることができるんだ。そう思うと私は今からもらうまでずっとスキップで行進してもいいぐらいだった。
だけど、その衣装がユリちゃんから手渡されることはなかった。
自転車のブレーキが利かなくなって横断歩道のところで止まれなくなり、トラックにはねられたそうだ。
トラックの運転手はすぐに病院につれていったが、ユリちゃんは―――死んでしまった。
それを知ったのはその事故があった翌日。
友達として、いや、親友として……いや、そんなことは関係なしに私は泣いた。泣かずにはいられない。身近な人が死ぬということを体験したのは初めてだった。
お葬式の日、私はお棺の中にあるユリちゃんの白い顔を見て涙を流しながら思わず怒鳴ってしまった。
「ねえユリちゃん! 私にユリちゃんの作ってくれた服をくれるんじゃなかったの!? 完成したの? してないでしょ! なんで先に逝っちゃうのよ。なんで私がユリちゃんの作ってくれた服を着て歌ってるところを見る前に死んじゃうのよ。絶対に見に来るっていってくれたじゃない……!」
どれだけ怒鳴っても、ユリちゃんにもう言葉は届かない。
すすり泣きしか聞こえないはずの葬式で一人の女子がいきなり大声で怒鳴りだしたことに、他に来ていた人たちは驚いていた。中にはしかめっ面をする人もいたが、一人女性が私の元へ来て肩に手を置いた。
それで私は我に戻り、途端に当てようのないその怒りにも似た悲しみがこみ上げてきて涙が溢れ出してきた。
肩に手を置いてくれた女性は「ヒナちゃんね?」と小さい声で確認をすると、話したいことがあるといってその場を私と一緒にあとにした。
涙をぬぐってその女性の顔を見ると、それはなんとユリちゃんのお母さんだった。
「お久しぶり、ヒナちゃん。前に会ったのは三ヶ月ぐらい前かしら?」
私はぬぐってもまた滲むようにしてでてくる涙を拭きながら頷いた。
「ユリからね、ヒナちゃんに伝えてくれるよう頼まれたことがあるの」
それを聴いて私ははっと顔をあげて、涙を最後にもう一度ぬぐった。
「なんでしょうか……?」
「ええ、最近ユリったらずっと服を作ってたのよ。その服がもうそろそろ完成するんだっていってたんだけど完成しなかったみたいでね…。それで、最後につける予定だったものをつけれなかったからごめんなさい、って」
ユリちゃん…最後に謝らないでよ。
「…そのつけるものって何なんですか?」
「シンボルマーク、っていってたんだけどどんなものかは……今度取りに来てくれるかしら?」
「はい。どうも、ありがとうございます」
いえいえ、とユリちゃんのお母さんは再び部屋へと戻っていった。私はしばらくその場に一人でいることにした。部屋の向こうからは念仏の声が聞こえてくる。
シンボルマーク……ゴスロリにおけるシンボルマークだろうか。でもそれは一体なに……?
私はわからぬまま、その場に立ち尽くしていた。それから家に帰って親に葬儀場でのことを怒られたが、怒られた内容はあまり覚えてない。それよりも、ユリちゃんが付け忘れたというそのマークのことが気になって仕方がなかった。
次の日、学校では沈痛な面持ちで担任の先生がやってきて、ユリちゃんのことについて話した。先ほどまでぎゃーぎゃーと話していたのに、途端に静かになりだす教室。他のクラスでも今頃この話がされているころだろう。葬儀場で見た何人かの生徒が涙を再び流していた。私も泣きそうになったが、不思議と涙は流れなかった。
それから数日後。九月も中旬に入った頃に私はユリちゃんの家へといった。
「いらっしゃい。どうぞ」
インターホンを押して出てきたユリちゃんのお母さんが私を家の中に入れてくれた。
早速ユリちゃんの部屋に一緒にいって、お母さんがドアを開けた。
―――そこには見たこともないような美しいゴスロリの衣装があった。
黒をベースに作られたその服には白のフリルにレース。そしてポイントをつくように赤い模様のようなものがついている。ユリちゃんが一人で作ったとは思えないほどの出来栄え。私はそれを見て思わず涙した。
お母さんはそれを見て「あの服はヒナちゃんのものだからね」といって居間のほうへと戻っていった。
私は部屋に入って、ゴスロリの服の近くまでくると崩れるようにして座り込む。丸いちゃぶ台のような机の上にはデッサン画が散らばっていて、私はそれを一枚手にとって見た。
何度も何度も鉛筆の線を消しゴムで消した後と所々にある黒ずみが、ユリちゃんがこの一着のためにどれだけ試行錯誤したかがわかった。そのデッサン画には胸のところに一つ丸があって、そこに何をつけるかを示すところには「マーク」と書いてあった。
「ここにシンボルマークをつけるんだね、ユリちゃん」
私はユリちゃんの代わりにそのマークをつけてあげよう、とシンボルマークとなるものを探したが、そのシンボルマークは見当たらない。
部屋はほとんどそのままの状態にしているらしく、床にはその衣装と裁縫道具などが散らばっていたが、その中にはそのシンボルマークらしきマークがなかった。
あまりものを動かさないように探したが、やはり見つからない。
「どれなの? ユリちゃん」
誰も居ない虚空に話しかけて、私はうなだれた。ゴスロリの服は形だけでいえばすでに完成していた。誰が見ても不自然なところなどない。しかし、最後の一点であるシンボルマークがないのだ。それ以外に不備は見られず、そのまま着ても何もおかしくないぐらいに美しい出来栄えだった。
だけど、シンボルマークがなければこの服は完成しない。私にはそれがちゃんとわかっていた。ユリちゃんが最後に謝るぐらいに、それは大切なものなんだ。
だけど私はそのマークがなんなのかが結局わからなかった。
その日はその服を受け取り、少しだけお母さんと話をしてから家に帰った。
家に帰って、受け取った衣装をハンガーにかけて部屋にどこからでも見える場所に飾る。
見れば見るほどそれは綺麗な服で、いまさらながら私にはもったいないだなんて思い始めた。だけどこれはユリちゃんが私のために作ってくれた服だから絶対に着るんだ。
…でも着るにあたって、胸のところにつけるはずのシンボルマークがわからないと。
私はその晩、そのマークがなんなのかをずっと考え続けた。
だけど、どれだけ考えてもわからずそのまま日は過ぎてゆき、いつの間にか十月になってしまっていた。
バンドの練習はちゃんとやった。もしかしたらユリちゃんが天国から見てくれるかもしれない。いや、絶対に見てくれる。
その期待に応える為にも、私は練習を怠らなかった。ヒロやタカシやタクミもその期待に応えるようにしていっそうがんばってくれた。
そうして、文化祭当日。
私たちは緊張の面持ちで出番がくるのを待っていた。
ヒロとタクミは楽器の調整をして、タカシはドラムのスティックを持ってエアートレーニングのようなものをしている。
私はといえば、緊張から来る心臓のどきどきを抑えるために深呼吸をしたり、手のひらに「人」を書いて飲み込んだりしていた。それでも緊張は収まらない。
「服、もうそろそろ着替えとかなくていいの?」
ヒロがベースの調整が終わったのか、私にそういってくれた。
「うん……」
衣装はちゃんと持ってきた。もちろん、ユリちゃんの作ってくれたゴスロリの服だ。
だけど、その服は完成していない。まだ胸のところのシンボルマークがないのだ。
毎日毎日考え、悩み続けたけど結局なになのかがわからなかった。でも、だからといって着ないのはユリちゃんを裏切ることになる。私はそう思って、更衣室へとその服の入ったカバンを持って行った。
カバンの中から服を出して、念のためにほつれなどがないかを確認。相変わらず美しいその服だが、やっぱり胸のところにマークがない。最後の大切な仕上げがされていない、未完成の服。
「ユリちゃん……ちゃんとした状態で着れなくてごめんね」
私が謝って、服を脱ごうとしたときだった。
―――それじゃ二人だけのマークつけようよ! ブランドみたいなさ。
不意にそんな言葉が蘇った。それは私のではなく、ユリちゃんの言葉。
二人だけのマーク。それは中学のころ、私がこんな服にあこがれるようになったあの日にユリちゃんが作ったマーク。
あたしのユリのYとヒナのHを合わせて―――。
再び蘇る言葉。
―――思い出した。
とたん、服が光ったような気がした。
でも気のせいだったのか、服はそのまんまの状態だ。
「あっ……」
いや、違った。
一見、服は何も変わっていなかった。だけど一つだけ違った。
シンボルマークが、二人だけのマークが胸のところについていたのだ。YとSが重なった私とユリちゃんのマーク。
御伽の国のような服は御伽噺のような奇跡を起こしてくれた。
ヒナは仕方がないな、とどこかから声がしたような気がした。私は決してそれを気のせいだとは思わなかった。
「ありがと、ユリちゃん」
「ガチャピンの皆さんどうもありがとうございました! それでは次のバンドいってみましょー!」
司会のテンションの高い声が聞こえる。
「よし、やるぞ!」
「俺たちの華舞台だ!」
「これはオレたちの第一歩だ」
「うん。そして、このきっかけを作ってくれたユリちゃんのためにも」
おー! とみんなで一致団結する。
「次のバンドはGOTHICの皆さんです! どうぞー!」
カーテンがゆっくりと横に開く。
誰も予想していない服装にざわめき。そして誰もが目を奪われる私の着ているこのゴスロリの服は、輝いているようだった。
ユリちゃん、あなたは見てくれてますか? 私たちを―――。
どうでしたでしょうか? 初挑戦でよくわからないファッション用語なども調べたりと・・・いろいろと初歩からやったものですが、形になってれば幸いです。感想などもできればお待ちしております、では。