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step.5


 いい加減うんざりして携帯で時間を確認すれば、ようやく9時になろうかという頃合。

 食べるものはまんぷくお腹の中におさめたし、飲むものも酔わない程度に適当に飲んだ。忘れ物もない。

 よしよし。

「じゃあ、わたしはここで」

 そそくさと席を立ち、引き止められないうちに出ようとしたら腕を掴まれた。

 なに? この手?

 さらに別の腕が肩を抱いてくる。

 んん? 誰よ、邪魔よ!

 文句を言おうと顔を上げれば、声をかけてきた男の一人が有無を言わせぬ様子で笑っている。

「ちょっと! わたし、これから約束があるの。離してよ」

「そうはいかないんだよ。結構有名な話、二宮さんの彼氏持ちはただの口上なんじゃないかって噂だし誰も見たことないって本社の人から聞いたんだよね」

 そうと知って、逃がすつもりはない……とのケダモノじみた男の視線にわたしは身を固くする。

 周囲には他にも社内の人間がいるけれど、見て見ぬフリなのか誰も助けてくれる気はないらしい。

 確かに本社時代も彼氏持ちだと吹聴してかわしていてはいたけれど、ここまでその噂が流れていようとは予想外だった。

 一体、どんな情報網よ……あんたたち。

「なにそれ……わたしに 彼氏 がいないとでも?」

 悪いけど、そんな風に見られたことは一度もない。むしろ、二股三股は当たり前とか思われるタイプなんだよ、不本意ながら!

「会わせてくれたら信じるよ」

 なんて、あんたたちに会わせる義理はないんですけど!

 ないんですけどねっ。

「いいよ。ちょうど、来たみたいだし」

 わたしの立っている場所から、入り口の扉が開くのが見えた。

「イチ!」

 手を挙げて、振る。

 彼もすぐに気付いたようで、店内を見渡すことなくやってきた。

「じゃあ、さようなら」

 呻く彼らの腕を振り解き、わたしはイチの腕に腕を絡めてにこりと笑う。

 イチの機転に感謝だ。

 危なかった……。

「ありがと、イチ」

 小さく礼を言うと、イチは「まあ、こんなことだろうとは予想してたから」とふわりと微笑む。

 ああ、やっぱりイチっていいなあ!

 うっとり。

 彼は後ろをうかがいながら思案して、わたしに悪戯っ子のような眼差しを向けた。

「……もう一つ、ダメ押ししとく?」


( え? )


 その人差し指がシッと唇に触れて、そのまま顎に滑り持ち上げられたかと思うと柔らかいものが触れた。

「んっ……ッ」

 わたしはその優しい感触をよく知っている。

 最近その味にハマっていて、舌を絡ませるのがすごく気持ちよかった。

 公衆の面前で……エッチみたいなキス。

 恥ずかしいけれど欲しいという欲望は止められなくて、イチの首に腕をまわして夢中になる――ああん、いいよぉ。


「立てる?」

「立てない……」


 わたしの情けない答えに、イチは笑って手を貸してくれた。




 目が覚めると見覚えのない天井。白け始めた外の光がカーテン越しの窓から部屋の中をぼんやりと照らし出している。

 ……ああ、また記憶が飛んでる。ここはどこ?

 けばけばしい装飾はないしベッドはごくシンプルな造り、ホテルでもラブホテルでもないみたい?

 もちろん、自分の部屋でもない。

 昨日の夜、合コンのあったお店から出てイチに誘われるままにタクシーに乗って、イチャイチャしていつの間にかこのベッドで抱き合っていたような?

「……まあ、いいか。目の保養」

 スヤスヤ眠る彼の無邪気な寝顔が目の前にある。高校の時よりも男っぽくなった顔つきも、眠っているとかなり幼くなってあの頃の面影がある。

 寄り添えば、当然のように二人とも裸で素肌同士が触れ合う。

(抱きついてもいいかな? いいよね)

 そっと背中に腕をまわして、その胸に頬をすり寄せる。

 肌のぬくもりと規則正しい鼓動に安心して、わたしはまた深い眠りに落ちた。


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