表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夫は色の名前をひとつも知りませんでした。けれど私が染めた布を、一枚も手放しませんでした  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/34

第六話 灰色の城の中へ

毎日5話ずつ、07:30 / 12:30 / 17:30 / 19:30 / 21:30 に更新予定です。

面白かったら評価やブックマークで応援してもらえると嬉しいです。

翌朝、侍女長のヘルミーネが城内を案内してくれた。


「こちらが食堂、奥が厨房でございます」


廊下を歩きながら、ヘルミーネは淡々と説明する。五十代と思しき女性で、背筋が真っ直ぐだ。白髪交じりの黒髪を束ね、生成り色の仕着せを着こなしている。礼儀は完璧だが、温かみがない。


食堂に入ると、長机と椅子が並んでいた。


木製の家具は磨かれているが、無塗装だ。テーブルクロスもない。窓の外から朝の光が入るが、反射するものがなく、部屋全体がただ白く明るいだけだ。


厨房は大きく、使い勝手が良さそうだった。だが鍋も皿も、焼き物の白か鉄の黒ばかりだ。どこにも、色がない。


応接室、礼拝堂、と案内が続く。


礼拝堂の壁には、かつて絵が描かれていたらしき輪郭の跡があった。絵の具が剥がされた跡か、あるいは漆喰で塗り潰したのか——長方形の影が、壁にうっすら残っている。


「こちらが礼拝堂でございます」


「以前は壁に何かありましたか」


ヘルミーネが一瞬、動きを止めた。


「古い建物ですので、改修した跡がございます」


それだけ言って、次の部屋へ進んだ。


イレーネは礼拝堂の壁をもう一度見た。壁画の輪郭は、人の形をしていた気がした。


昼前に自室へ戻り、荷物を開いた。


着替えを整理していると、嫁入り色の布が手の中に現れた。深い緑——リンデン家の紋章色。母から渡された、この家から来たことを示す布だ。


部屋の壁は、石だ。


タペストリーを掛けるための鉤はある。でも、その鉤には何もかかっていない。


この布を掛けたら、どうだろう。


色のない部屋に、深い緑が一枚。


イレーネは布を広げて、壁に当ててみた。


緑と石の灰色。


合わない、とは思わなかった。むしろ、石の単調さの中で、緑が生きて見えた。


でも——


部屋の扉が少し開いて、廊下のヘルミーネが「お片付けはよろしいでしょうか」と声をかけた。


「はい、もう少しで」


イレーネは布をそっと折り畳んで、引き出しの中にしまった。「今はまだ」と心の中で言った。


今突然に色を飾っても、誰にも何も伝わらない。まず染色の許可をもらったことを、この城の暮らしの中で実現しなければ。


それからだ。


「一つお聞きしてもよいですか、ヘルミーネさん」


「はい」


「工房として使える空き部屋はありますか。染色には水と窓が必要で、あとは——」


「それはまた改めてご相談ください」とヘルミーネは言った。柔らかい口調だが、今は答えないという意思があった。「まだお着きになったばかりですし、まずは城の慣習をお覚えいただければと思います」


「承知しました」


廊下を歩きながら、イレーネは城の構造を頭の中で組み上げていた。東棟と西棟の配置、食堂の隣の使われていない部屋、地下に続く扉の位置——


地下蔵はどこだろう。


廊下の奥、ヘルミーネが案内しなかった方向に、薄暗い石段が見えた。


近づくと、石段の踏み面が微かに摩れていた。何年も使われていないというには、少し減り方が新しい。誰かが最近も通っている。


なぜ気になるのか、と聞かれれば——染料の話と同じだ、とイレーネは思った。使われている場所と使われていない場所とでは、空気が違う。


この先に、何かある。

次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ