第四話 灰色の城門
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城門をくぐった瞬間、イレーネは息を飲んだ。
門番が二人立っている。服は生成り。腰の剣の鞘も、飾りのない革だけだ。旗を立てる台はあるが、旗がない。城門の石壁に掘られた紋章には、かつて色が塗られていたと分かる彫りの跡があるが、今は無彩色の石のままだ。
中庭に入ると、さらに徹底していた。
石畳、石壁、石の彫刻——全て同じ色だ。城の中庭に植えられた木は、葉が茂っているが、秋に向かって色褪せている。花壇の跡が石で組まれているが、今は土だけで何も植わっていない。
「……本当に、一色も」
声に出そうとして、止めた。
馬が止まった。馬小屋の馬を見ると、灰色の馬、黒い馬、白い馬——派手な栗毛や鹿毛は一頭もいない。偶然ではないだろう、とイレーネは思った。
出迎えに出てきた使用人たちが十人ほど並んでいる。
一人残らず、生成りか灰色の服を着ていた。
「お待ちしておりました、グラウエン辺境伯夫人様」
使用人頭と思しき中年の女性が礼をした。声は平坦だ。歓迎というより、業務として迎えているという印象だった。
「ご遠路お疲れ様でございました」
「ありがとうございます」
イレーネは礼儀正しく応じながら、馬車から降りた。
石畳に足をつけた瞬間、城が放つ独特の空気を感じた。冷たく、乾いている。音が吸い込まれるような静けさだった。王都の伯爵家は、常に人の声や馬の音でにぎやかだった。ここは、静かだ。
荷物が下ろされる。
イレーネは無意識に、荷物の中の染料瓶に手を当てた。割れていないか確認するふりをしながら、「ここに色を置いていいだろうか」と心の中で問うた。
城の使用人たちが遠巻きに見ている。
新しい奥方を物珍しそうに見ているのではなく、どこか警戒しているような目だ。イレーネが荷物に触れたとき、一人が小さく動いたのが見えた。
「……染め物を」
誰かが小さく呟いた声が聞こえた。
振り向いたが、どの使用人の口から出た言葉か分からない。全員が無表情に前を向いている。
続きを言いかけて、止めたのだ。
——染め物を、何?
「荷物はお部屋にお運びします」と使用人頭が言った。「お疲れでしょう。まずは部屋にどうぞ」
案内されながら、イレーネは城内を見渡した。
石廊下、石天井、石の柱。窓は小さく、外からの光が限られている。壁に掛かっているものがない。タペストリーも、絵画も、旗も——壁はどこも、ただの石だ。
中庭の端に、荒れた石組みが見えた。
かつて花壇か、あるいは別の何かに使われていた石の枠が、雑草に半分埋まっている。その土の色は、この石と石の間に何かが育っていた名残りのようだった。
何が育っていたのだろう。
気になったが、聞ける雰囲気ではなかった。
廊下を進みながら、イレーネは「工房にできそうな空き部屋はどこだろう」と考えた。窓が大きく、水が使えて、臭いが外に逃げやすい場所。染色には必要な条件がいくつかある。城の構造を見ながら、頭の中で地図を作っていく。
「地下蔵はどちらですか」
「古い備品蔵でしたら廊下の奥ですが……」と使用人頭が少し間を置いた。「何か御入り用でしょうか」
「いいえ、まだ何も」
「そうでございますか」
短い返答で終わった。
廊下を歩きながら、「灰色の城」という呼び名が、これほど正確だとは思わなかった、とイレーネは思った。
色がないのは、服や調度だけではない。
ここには、色のある暮らしの記憶そのものが、なかった。
続きもこのあと更新されます。よければ次話もどうぞ。




