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夫は色の名前をひとつも知りませんでした。けれど私が染めた布を、一枚も手放しませんでした  作者: ヲワ・おわり


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第三十五話 ヘルミーネの夜の行動

翌晩、イレーネは廊下に立った。


地下蔵の近くに、小さな明かりが漏れている。リゼッテが目撃したのが昨晩。今晩もそうなら、定期的に来ているということだ。


扉が少し開いていた。


近づいて、扉の隙間から中を見た。


ランタンの光の中、ヘルミーネが古い布を扱っていた。


一枚を取り出して、表面を見る。折り目を直す。また畳む。棚に戻す。次の一枚へ。


丁寧な動きだった。


急いでいない。乱暴にもしていない。老婆が宝物を扱うような——大切なものに触れる手の動きだった。


何年も、何十年もそうしてきた、という感じがする。


「この人が、手入れしていたのか」


確信があった。


最初に地下蔵を開けた時から感じていた「誰かが管理している」という気配。それがヘルミーネだった。


イレーネは声をかけなかった。


このまま戻ることにした。


翌朝、廊下でヘルミーネとすれ違った。


「ヘルミーネ様、一つだけ聞かせてください」


「何でしょうか」


「地下蔵の布は……誰が管理しているのですか」


間があった。


ヘルミーネは少し顔が硬くなった。でも目を逸らさなかった。


「……昔から、誰かが手を入れておかないと傷みますから」


「ありがとうございます」


「……礼には及びません」


それだけ言って、ヘルミーネは廊下を去った。


イレーネは少しの間、その背中を見た。


認めるでも否定するでもない返答だった。でも「昔から」という言葉は——自分がずっとそうしてきた、という意味に聞こえた。


なぜこの人は布を守ってきたのか。


色のない城を「三十年のやり方」として守っている人が、同時に、色の記録を地下蔵に守り続けている。


矛盾しているように見える。でも、この人の中では矛盾していないのかもしれない。


「……難しい人ですね」とリゼッテが後で言った。


「そうですね」


「でもちょっとだけ、好きになりそうです」


「わたしもそうです」


旧染料園に向かおうとした時、外の様子が違った。


地面が白くなっていた。


霜が降りていた。


「……冬ですね、ヨハンさん」


ヨハンが石組みの縁に立って、畑を見ていた。


「来たな」


いくつかの植物の葉先が、黄色くなっていた。霜に当たって、弱っている。


「これは大丈夫ですか」


「これは越冬できる。でもあそこの——あれはだめかもしれない」


ヨハンが指さした方向の植物が、すでに葉が萎れていた。


翌日には、枯れ始めた植物が出た。


予感した通りだった。


冬が、グラウエンに来た。

次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。

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