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夫は色の名前をひとつも知りませんでした。けれど私が染めた布を、一枚も手放しませんでした  作者: ヲワ・おわり


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第三十四話 染色を手伝う使用人たち

クラウスからの返答は、翌日来た。


「構わない」


その一言で、若い使用人が二人、工房の手伝いに加わった。


エルナという十七歳の娘と、クリスという十八歳の若者だ。二人とも生まれてからずっとグラウエンで暮らしていて、色のある衣服を見たことがほぼない。


「これは藍の染料です。葉を発酵させたもので……」


「発酵ですか? 食べ物みたいな」


「似たような工程です。微生物が染料を変化させて、色が出るようになります」


「微生物って何ですか」


「目に見えない小さな生き物です。発酵させることで——」


「微生物が染める手伝いをするんですか?」


エルナが真剣な顔で聞いた。リゼッテが横で「わたしも最初に聞いた時は同じ顔をしました」と笑った。


「手伝いというより、染料の中で働いてもらう感じです」


「じゃあ染色師って、微生物を使いこなす職業なんですね」


「……そういう見方もできます」


工房に複数の人間がいると、作業の分担ができる。一人が染液を管理し、一人が布の移動をし、一人が記録をとる。効率が上がった。何より——賑やかになった。


「この色、見たことないですよ」とクリスが乾燥台の布を見て言った。「空より深い」


「藍の深染めです。繰り返し浸して色を重ねました」


「繰り返せば繰り返すほど深くなるんですか」


「限界はあります。でも十回と二十回では、全然違う色になります」


「もっとやってみたい」


「次の機会に」


夕方、ヘルミーネが工房を覗いた。


「使用人の本来の仕事を疎かにしてはなりません」と言った。声は穏やかだが、釘を刺していた。


「はい、承知しています。一日の仕事が終わってからお手伝いいただいています」


「……一人か二人なら」


ヘルミーネはそれだけ言って、去ろうとした。


「ありがとうございます、ヘルミーネ様」


ヘルミーネが少し足を止めた。


「……別に」


目を逸らして、廊下を歩いていった。


「別に、って言いましたね」とリゼッテが小声で言った。「あの言い方、ちょっとかわいくないですか」


「静かに」


でも、確かに何かが変わっている。最初に工房を訪れた時、ヘルミーネは「染め物はこの城では必要とされていません」と明言した。それが今は「一人か二人なら」になった。


変わりつつある、のかもしれない。


夜になって、リゼッテが戻ってきた。工房の片付けを終えた後の、少し遅い時間だった。


「奥様、さっきわたし……地下蔵の近くを通ったんですが」


「はい」


「ヘルミーネ様が蔵の中で——古い布を触っていました」


イレーネは手を止めた。


「本当に?」


「こっそり見ていたわけじゃないんですが……扉が少し開いていて、光が漏れていたので。中を見たら、ヘルミーネ様が布を畳んでいらっしゃって」


地下蔵の布を、ヘルミーネが手入れしていた。


「……そうですか」


「驚きましたか」


「少し」


でも、驚かない部分もあった。布の保存状態が良かったのを最初に見た時から、誰かが手入れをしていると思っていた。その「誰か」が、ヘルミーネだった。


「なぜ反対する人が、布を守り続けているのでしょう」


リゼッテは答えなかった。


その謎の答えを、イレーネはまだ知らなかった。

次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。

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