第三十三話 城下町の噂
「奥様、噂が広がっています」
翌日、城下町から戻ったリゼッテが言った。
「どんな噂ですか」
「染め物のことです。辺境伯夫人が染め物をしている、婚礼に色が戻った——そういう話が広まっているみたいで」
「賛否ありますか」
リゼッテが少し間を置いた。
「……あります。喜んでいる人たちは、やっと色が戻った、素晴らしいって言っています。昨日の婚礼を見た人も多かったみたいで」
「反対は?」
「余計なことをして注目を集めると……昔のことを掘り起こすな、という声もあるそうです」
「昔のことを掘り起こすな」
「はい。理由まではわからなくて」
イレーネは帳面を閉じた。
反対の声がある、ということは知っていた。ヘルミーネの態度から、城の中でも受け入れる人ばかりでないことは分かっていた。
でも「昔のことを掘り起こすな」は、予想していなかった言い方だ。
染め物は現在の話であり、新しい試みだ。「昔のこと」を掘り起こしているわけではない——少なくとも、イレーネはそう思っていた。
「何かが、この土地の歴史と結びついているんでしょうね」
「どういう意味ですか」
「分かりません。でも……掘り起こすことを恐れている人がいる、ということは、何か掘り起こされると困ることがあるんだと思います」
辺境伯様はご存知だろうか——とイレーネは思った。昔の書物で「祈り色」の名前を知っていた人だ。城下の反発の声が届いているとすれば、何か感じているかもしれない。でも、今はまだ確かめる機会がない。
リゼッテは考え込んでいた。
「あと……ヘルミーネ様が、奥様に話があるとおっしゃっていました」
「そうですか」
「噂のことかもしれません。気をつけてください」
翌朝、ヘルミーネが部屋に来た。
「少しお話しする機会をいただけますか」
「もちろんです」
「使用人たちが、工房の手伝いをしたいと申し出ています」
予想外の話だった。
「……それを、ヘルミーネ様がわたしに伝えに?」
「辺境伯様の意向を確認した方が良いと思いまして。許可を出す前に」
「はい、確認します」
ヘルミーネはそれだけ言って立ち上がろうとした。
「ヘルミーネ様」とイレーネは言った。「反対の声があることは知っています」
ヘルミーネが動きを止めた。
「昔のことを掘り起こすな——そう思う人がいる。わたしも気をつけています。でも婚礼に赤い布が必要だと言っている方がいて、それをお断りする理由がわたしにはなかった」
「……」
「ヘルミーネ様は、どうお思いですか」
ヘルミーネは長い間、黙っていた。
「……使用人の許可について、辺境伯様に確認してください」とだけ言った。
それで終わりだった。
後で思い返すと、ヘルミーネが使用人の申し出を持ってきたのは——間接的な支援の形だったかもしれない。「許可を出す理由を、自分の口ではなく使用人を通して作った」ように見えた。
なぜそんな回りくどいことをするのか。
廊下でフリッツとすれ違った。
「奥方様、少し聞いていいですか」
「何でしょう」
「最近、辺境伯様が……奥方様と工房の話をしている時、顔が違うんです。クラウス様が工房に近づく時の足取りが、普通より少し早くて」
「そうですか」
「……嬉しそうな話ではないですよね、こういうことを言うのは」とフリッツは少し困ったような、でも嬉しそうな顔をした。
イレーネは廊下の先を見た。
分からないことが、また増えた。
次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。




