第三十一話 婚礼の布を染める
一番良い茜を選んだ。
旧染料園の野生茜草の根と、持参した乾燥茜根を合わせる。量は少ないが、両方を使うことでこの土地の色と王都の技法を融合させたい。
煮出しから始めた。
茜根を水に入れて火にかける。しばらく待つと、赤みがかった染液が出てくる。旧染料園の茜は、持参のものより色が少し濃い。鉄分の多い沢の水を使っているせいかもしれない。それが「この土地ならではの赤み」を作っている。
「今日の奥様、なんか顔が違います」とリゼッテが言った。
「そうですか」
「やさしい顔をしてる気がして……いつもは仕事に集中して険しい顔になるのに」
「婚礼のためだからかもしれません」
「それで顔が変わるんですか?」
変わるものだ、とイレーネは思った。自分でも分かる。染料の調合をしている手の力加減が、今日は少し丁寧だ。急いでいない。急ぐ理由がない仕事は、違う。
媒染を念入りに行った。婚礼の布は、長く持たなければいけない。色が落ちない、色が褪せない——その条件を最大限に満たすために、媒染の時間を通常より長くとった。
「長いですね」とリゼッテが言った。
「婚礼の布は十年、二十年と使われます。新しい家族の節目に出してくるかもしれない。その時に色が残っていなければ意味がない」
「そこまで考えているんですか」
「染める時は常に考えます」
染め液に布を入れた。
浸す、引き上げる、空気に当てる。繰り返す。回数を重ねるにつれ、布が深い赤みを帯びていく。
色定めの時間が来た。
両手を布に重ねて、目を閉じた。
魔力を流し込む。丁寧に、一部分ずつ。でも今日は、それだけではなかった。魔力と一緒に、何かが乗っていく感覚があった。
——この二人の婚礼が幸せであるように。
祈るような気持ちが、自然に出た。
染色師として意識してやっているわけではない。ただ、そういう気持ちになった。
「……できました」
布を広げた。
茜色だが、最初に染めた布とは違う。温かみが、より深い。持参の茜根だけで染めたものとも違う。この土地の茜が、この水が、この冷えた空気が——何かを加えている。
「温かみがある感じです」とリゼッテが言った。
「そうです」
「どうしてこっちの方が温かみがあるんでしょう」
「分かりません。でも……婚礼に使う色は、こういう色がいいと思います」
これでいい。
静かに、確信があった。
次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。




