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夫は色の名前をひとつも知りませんでした。けれど私が染めた布を、一枚も手放しませんでした  作者: ヲワ・おわり


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第二十九話 季節の変わり目

秋が深まるにつれて、旧染料園の様子が変わった。


茜草の葉が赤みを帯びた。刈安の茎が枯れ始めた。藍草はもう新鮮な葉が取れない時期になってきた。その代わり、ヨハンが「霜が降りると色が変わる」と言っていた植物が、今まさに変色の途中にある。


「この葉、今朝採ってきました」とヨハンが手のひらに乗せて見せた。


葉の端が橙色になっている。緑から橙への移行が、一枚の葉の中で起きている。


「これを染料に使うと、どんな色が出るか……試しますか」


「試してくれ。わしは分からんが、面白い色になりそうな気がして」


イレーネは葉を数枚受け取った。季節外れの染料実験だが、この植物はグラウエン固有のものだ。研究する価値がある。


今日は整理の日と決めていた。


染料植物の状態を一覧にする。冬を越せるもの、今のうちに採集して乾燥させるべきもの、春を待つしかないもの。ヨハンと一緒に畑を歩きながら確認していった。


「茜の根は来週掘り出して保管します。刈安は種を残してから」


「それでいい」


夕方、城に戻る石畳の道を歩いていると、前から人影が来た。


クラウスだった。


少し間があって、どちらからも声をかけなかった。すれ違いになりそうになって、イレーネが先に言った。


「今日は染料園で冬の準備をしていました」


クラウスが足を止めた。


「……冬の準備」


「植物によっては寒さで枯れてしまうので、掘り出して保管するものと、このまま越冬させるものを分けました」


「そうか」


短い返事。でも歩き出さない。


「……では、春になったら染料が増えるのか」


驚いた。クラウスが「春」という言葉を使った。「先」への興味を示したのは、初めてだと思った。


「はい。春になれば新しい葉や根が使えます。特にヨハンさんが育ててくれている茜草が、もう少し根を太らせてくれれば、もっと深い赤が出ると思います」


クラウスは少し、遠くを見るような目をした。


「深い赤か」


「この土地の茜は独特の色が出ます。王都の茜とは少し違う。最初の染めで、それを感じました」


「……一色ずつ、取り戻していくつもりか」


「はい」


「時間がかかるな」


「かかります。でも急いでも、季節が来なければ染料は手に入りません。待つことも仕事のうちです」


クラウスは何も言わなかった。


少しの間、二人とも黙って立っていた。秋の夕方の風が吹いた。風は冷たかったが、耐えられないほどではない。


「冬の間は、地下蔵の布の調査をするつもりです」


「そうか」


「あの布が、教えてくれることがまだあると思います」


クラウスが頷いた。言葉はなかった。


二人は同じ方向に歩き出した。城の石畳を、並んで歩いた。


不思議な静けさがあった。


怖くはなかった。

次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。

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