第二十八話 祈り色の調合への挑戦
地下蔵で、一枚の布を見つけた。
他の布より材質が厚く、織りが細かい。色は完全に褪せていたが、染め方の構造が読めた。単色でも二重染めでもない。複数の染料を組み合わせた複合染め——しかも順序が通常の工程と違う。
「これが祈り色の布だと思います」
裏を見ると、刺繍があった。「いのりあお」——祈り藍。
地下蔵から上がって、工房で王都の知識を総動員した。
婚礼の祝い色、葬礼の弔い色、収穫祭の豊穣色——王都で学んだ儀礼用染色の技法がある。染料の配合、媒染の種類、色定めの集中の仕方まで、全て記憶している。
「では試します」
まず藍を基調に。祈りの色は藍が基本だと学んだ。媒染は通常より多め。色定めに込める魔力を、いつもより意識的に送り込む。
染め上がった布を見た。
深い藍だ。むらもない。色定めの仕上がりも良い。
「似ていますか」とリゼッテが覗き込んだ。
「似ています。でも……何かが違う」
「どこが?」
「分からないけれど、違う」
ヨハンを呼んで見せた。
ヨハンは布を手に取り、光に透かした。
しばらく黙っていた。
「……昔の祈り色は」とヨハンは言った。「もっと深みがあった。布の奥から光が出るような感じがした。これじゃない」
「布の奥から光が」
「そうだ。見ているだけで、何かが胸に来る感じがした。こう、体が温かくなるような。子どもながらに、これは特別だと分かった」
技術の問題ではない、ということだ。
色は出ている。構造も正しいはずだ。でも「何かが足りない」。
「込め方が違うのかもしれません」
「この土地固有の何かが必要なのかもしれない」
「固有の何か?」とリゼッテが言った。
「王都の技法は、王都の水と土と空気で作られています。でもグラウエンの祈り色は、この土地で生まれた技法のはず。何かが違うはずなんです。染料の種類か、水の使い方か、あるいは……魔力の込め方そのものが、この土地向けに調整されているのか」
「難しいですね」
「はい」
ヨハンが「焦らんでいい」と言った。「昔の師匠たちも、長い時間をかけて作り上げたんだろうから」
「分かっています。でも少し焦ります」
「なぜ」
「婚礼の依頼が来そうで」
ヨハンは少し驚いた顔をした。それからゆっくりと、「そうか」と言った。
夕方、工房の窓から空を見た。
秋の色になってきた。葉が少しずつ褐色を帯びている。青い空が高い。
「冬が来たら、染料園はどうなるんだろう」
一人で呟いた。
植物は枯れる。水が凍る。染色ができなくなるものも出てくる。
でも冬を越えれば、春がある。ヨハンが言っていた——眠った土は豊かになる、と。
もう少し、待とう。
急がなくても、季節は来る。
次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。




