第二十六話 祈り色とは何か
「ヨハンさん、祈り色というものについて教えてください」
旧染料園で、草の根を整理しながら聞いた。
ヨハンはしばらく黙っていた。草を引く手が止まる。
「クラウス様がおっしゃったんですか」
「昨日、工房で。名前だけ知っていると」
「……そうか」
「儀式の色だとは知っています。ただ詳しくは」
「ただの染め物じゃない」とヨハンは言った。「祈り色というのは、人の暮らしと結びついた色のことだ。豊穣を祈る色、病を遠ざける色、死者を弔う色——染め方が違う。込める意味が違う」
「込める意味」
「普通に染めた赤は、ただの赤だ。でも婚礼の祈り色として染めた赤は、生命力と繁栄の祈りが入っている。少なくとも、昔の師匠たちはそう言っとった」
ヨハンは土を払って立ち上がった。
「葬礼の藍は、死者が安らかに旅立てるよう祈りを込める。収穫祭の緑は、翌年の豊穣を約束する。それぞれの色に意味がある」
「では今のグラウエンでは」
「三十年間、正しい祈り色がない」
静かな一言だった。
「……祭りも、葬式も、形だけになってしまった。色のない儀式だ。祈りの言葉だけはある。でも——言葉だけで、人の心が動くかどうか」
ヨハンの目が、旧染料園の向こうを見た。
「昔の祭りには、それはもう色がたくさんあってのう。子どもの頃が一番楽しかった。赤い旗、青い旗、緑の布——城の塔から全部下がって、風に揺れて。それを見るだけで、豊作になる気がした。信じていた」
「それがなくなった」
「なくなった。三十年」
胸に重いものが落ちた。
色がないことは、見た目の問題だと思っていた。灰色の城、無彩色の衣服——それは確かに寂しいが、生活は続けられる。でも祈り色がないということは、儀式の意味が変わってしまうということだ。
人が、何かに願いを込める行為が、形だけになってしまう。
「祈り色を、復元したいと思います」
自分でも驚くほど、すっと言葉が出た。
ヨハンが顔を向けた。
「できるか」
「分かりません。でもやってみます。まず調合を知る必要があります——ヨハンさん、祈り色の調合を知っていますか」
「わしは知らん」
「師匠は知っていましたか」
「……知っとった、と思う」とヨハンは言った。「あの人は全部知っとったから。ただ」
「ただ?」
「師匠が最後に植えた木が、まだある。あの人が残したものだから……いつか役に立つかもしれないが。今はまだ時期じゃないかな」
「師匠が最後に植えた木?」
ヨハンは少し考えてから、「あそこに聞いても、今は何も分からん」と言った。「いつかは、分かる時が来る」
「……分かりました」
今すぐ全てを解決しようとしなくていい。ヨハンはそう言っているのだ。
「まずできることから始めます」
工房に戻りながら、「色は人の暮らしに必要だ」という言葉が自分の中に根付くのを感じた。
染めたいから染める、ではない。
この土地の人々の祈りのために、染める必要がある。
次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。




