第十九話 藍の染め直し
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三日後。
藍瓶を開けると、発酵の状態が違った。
酸っぱい匂い、泡の出方、表面の膜の色——全てが、最初の失敗の時とは異なる。沢の水の効果だ。微妙な成分の違いが、発酵の速度と質を変えた。
「今日はうまくいきそうですか」とリゼッテが緊張した声で聞いた。
「分かりません。でも、始めましょう」
布を媒染液に浸した。前回と配合を変えた、ミョウバンと灰汁の調整版。浸す時間も計った。
準備が整ったところで、布を藍瓶に入れた。
沈める。ゆっくりと、空気が布の繊維から抜けるように。
染液の中で布が揺れる。
「……どのくらい待ちますか」とリゼッテが囁いた。
「見ながら判断します。一分、二分……引き上げます」
布を引き上げた瞬間、まだ緑色だ。空気に触れると、じわじわと青に変わり始める。
「色が変わってる」
「酸化です。藍は空気に触れてから色になる」
「さっきは緑だったのに……」
「一分待って、また浸します」
繰り返した。浸して、引き上げて、空気に当てて、また浸す。一回、二回、三回。
三回目の引き上げで、リゼッテが「変わりましたよ」と言った。
確かに、違う。前回の失敗の時とは、布の色の深さが違う。まだ薄いが、方向が合っている。
「まだです。あと一回」
布を持ったまま、少し考えた。
ここで引き上げると色が浅い。もう一回浸せば深くなる可能性があるが、浸しすぎると今度は発色が崩れることがある。判断が要る。
「入れます」
藍瓶に布を戻した。
少し長めに待った。一分半。
引き上げた。
布が空気に触れた瞬間、色が動いた。
「……」
リゼッテが息をのんだ。
藍の青が、じわじわと深くなっていく。最初の試験と同じ青ではない。もっと深い。もっと澄んでいる。今まで見たことのない方向の青だ、と思った。
「もう少し」
まだ空気にさらす。色が定まるまで待つ。
窓の外から、人の気配がした。
チラリと見ると、ヨハンが工房の扉の近くに立っていた。中には入らず、扉を少し開けたまま、こちらを見ている。
無言だが、姿がある。
それだけで、落ち着いた。
布を窓の光に透かした。
深い。均一だ。むらがない。
色定めはまだだが、この段階でこの色が出ていれば、仕上げは満足できるものになる。
「明日、色定めをします」
「今日はここまでですか」
「色定めは集中が要る。今日は体力を使いすぎました」
「でも……うまくいきましたよね?」
「もう少し深くなれば、うまくいったと言えます」
「充分じゃないですか、この色」
「まだです」
リゼッテが苦笑した。
ヨハンが扉を閉めて去っていく音がした。
「ヨハンさんも見てましたよ」とリゼッテが言った。「何も言わないけど」
「そうですね」
それでいい。
明日、この色に魔力を通す。定着させる。そうしてはじめて、「染め上がった」と言える。
布を乾燥台に掛けながら、「もう少し深くなりますように」と思った。
職人でも、願うことがある。
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