表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夫は色の名前をひとつも知りませんでした。けれど私が染めた布を、一枚も手放しませんでした  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/35

第十五話 藍の失敗

毎日5話ずつ、07:30 / 12:30 / 17:30 / 19:30 / 21:30 に更新予定です。

面白かったら評価やブックマークで応援してもらえると嬉しいです。

最初の失敗は、あっさりと来た。


ヨハンが崖の下から採ってきた藍草を、王都でやっていた通りの工程で処理した。葉を水に漬け、温度を管理しながら発酵させ、三日後に染液を作った。


「いい色が出そうですか」とリゼッテが覗き込む。


「少し様子が違いますが……やってみます」


王都の藍とは葉の肉厚が違う。発酵の進み具合も、いつもと少し感触が異なる。だが原理は同じはずだ。経験と勘を使えば補正できると思っていた。


布を染液に浸し、引き上げる。また浸す。繰り返す。


引き上げた布を光にかざしたとき、「あ」と声が出た。


薄い。


淡い青緑色で、深みがない。くすんで見える。いつもの藍染めと明らかに違う仕上がりだ。


もう一度、今度は浸す時間を長くして試した。


同じ結果だった。


布を広げてリゼッテに見せると、リゼッテは「失敗ですか……」と眉を下げた。


「失敗です」


「どうして?」


「それを今から調べます」


感情的にはならなかった。失敗は情報だ。何がうまくいかなかったかを分析すれば、次の手が見えてくる。師匠にそう教わった。


失敗した布と、使った染液の残り、工程のメモを並べて見た。


「水が違うのか、植物の種が違うのか、媒染の割合が合わないのか」


考えられる原因を声に出す。リゼッテが「どれだと思いますか」と聞いた。


「全部かもしれません。でも一番可能性が高いのは……水です」


王都の工房では井戸水を使っていた。グラウエンの水は成分が違うはずだ。山岳地帯の水は、石灰や鉄分の割合が平野部と異なる。藍の発酵には水の性質が大きく影響する。


「水を変えたら改善できますか」


「試してみないと分かりません。城の井戸水と、ヨハンさんが言っていた沢の水を比べてみます」


リゼッテは少し考えてから言った。


「……奥方様って、失敗しても落ち込まないんですね」


「落ち込む時間があったら次の手を考えた方がいいですし」


「でも嫌じゃないですか」


「嫌ですよ。でも嫌だという気持ちと、次の手を考えることは同時にできます」


リゼッテは少し笑った。「なるほど」


失敗した布を折り畳んで、棚に置いた。捨てない。後で改善後の布と比較するために使う。失敗の証拠は、成功へのヒントになる。


「今日はここまでにしましょう」


「はい。また明日」


工房の片付けをしていると、廊下に足音がした。ヨハンだった。


「まだやっとるか」


「今日は失敗しました」


「そうか」とヨハンは言って、部屋に入ってきた。失敗した布を見て、少し考えた。「水が合わなかったか」


「そう思っています。明日、城の井戸水と沢の水を比べてみます」


ヨハンは頷いた。


「城の井戸と、あの沢の水は違う。昔の染め師はどっちを使っとったか……」


「どっちだと思いますか」


「沢だと思う。崖の下の沢。ただ……冬になると水量が減る」


「今から始めれば間に合いますね」


「あんたは急ぐのか」


「急ぎます」とイレーネは言った。「冬が来る前にできることをやっておきたい」


ヨハンは少し目を細めた。何を見るような目だった。


「……明日、沢まで案内してやる」


「ありがとうございます」


夜、工房の窓から外を見た。


旧染料園の石組みが、月明かりの中に浮かんでいる。野生化した茜草の細い茎が、夜風に揺れていた。


——明日は沢へ行く。水が違えば、藍は違う顔を見せるはずだ。


まだ始まったばかりだ。

次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ