第十四話 野生の染料植物
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翌日、ヨハンと旧染料園を丁寧に歩いた。
色見本帳と師匠から受け取った帳面の両方を抱えて、植物を一種ずつ確認していく。草を掻き分け、葉をめくり、茎を折って断面の色を見る。染色師の目は、雑草と染料植物を自然に見分ける。
「これは刈安ですね。黄色の染料になります」
「黄色か。枯れかけとるが」
「野生化しているので草に負けているんです。少し手をかければ復活するかもしれません」
「そうか」とヨハンは言って、刈安の茎を一本手で触れた。長年植物を扱ってきた人の手付きだった。
歩くうちに、見知らぬ植物に行き当たった。
「これは……」
葉の形が、藍に似ているが、違う。葉が丸みを帯びていて、茎の色が少し暗い。王都で見た藍とは明らかに違う種だ。色見本帳と師匠の帳面を開いて照らし合わせたが、対応する植物が見当たらない。
「ヨハンさん、この植物の名前は分かりますか」
「あれか」とヨハンは言った。「名前は……なんと言うかのう。昔から『山藍』と呼んでいた。北の山にしか生えない」
「山藍」
「昔の染め師たちが、わざわざ山から採ってきたとか。城の染料畑でも育てていたが、管理が難しくてのう」
「藍の仲間ですか」
「そう聞いとる。でも普通の藍とは違う色が出ると言っていた。わしは染色の知識はないからな、どう違うかは分からん」
普通の藍と違う色。
イレーネは山藍の葉を一枚取って、光に透かした。葉脈の色が、濃い。
「王都の染色の体系には、この植物が載っていません」
「そうだろうな。北の山にしかない植物だから」
「つまり」とイレーネは言葉を整理した。「この土地には、王都の染色知識では分類できない独自の色があった、ということです」
ヨハンは少しの間黙って、それから頷いた。
「……そういうことになるかのう」
それは重要な発見だった。
王都の染色技法は、アルシェ王国の標準とされている。染色師組合の認定もその知識体系に基づいている。だがその体系に載っていない色が、この土地には存在していた。
「この土地の染色は、王都とは別の系譜だった」
「そうだと思う」とヨハンは言った。「昔の人はそれを誇りにしていた。よそにはない色がある、と。子供のころに聞いた話だが……もう誰も言わなくなった」
「三十年前から」
「そうだな。三十年前から」
ヨハンの顔に、何か惜しむような表情が滲んだ。それがすぐに消えた。
「次は藍を試したいんですが」とイレーネは言った。「普通の藍草はこの土地にありますか」
「藍なら……あそこの崖の下に自生しとる。ただ、王都の藍とは少し葉が違う。気をつけんと」
「どう違うか、見ながら教えてください」
歩き続けるうちに、夕方になった。
旧染料園を出る前に、イレーネは振り返って全体を見渡した。雑草に覆われているが、かつての畝の跡が石組みに残っている。ここで育てられていた植物の種類と量を想像すると、相当規模の染色産業が以前はあったと分かる。
それが、三十年で消えた。
「なぜ消えたんでしょうか」と自分でも気づかず呟いた。
ヨハンは答えなかった。
代わりに「もう日が暮れる。また来るがいい」と言って、園の奥へ戻っていった。
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