第十三話 旧染料園への道
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リゼッテに連れられて城の裏手に出ると、空気が変わった。
城の中の石と木の匂いとは違う、土と草の匂いだ。枯れた茎、苔、秋に向かって色を変えつつある草——自然の匂いが、風に乗ってくる。
「ここです」とリゼッテが足を止めた。
石組みの囲いが見えた。かつては整然とした畝があったと思しき区画が、今は草と雑木に半ば覆われている。石の縁は残っているが、土は固く、草の根が縦横に伸びている。
荒れている。だが、完全に死んでいるわけでもない。
「ヨハンじいさんはどこかな……」
「おう、誰だ」
石組みの向こうから、しゃがれた声がした。
白髪の老人が、土を掘っていた。七十は超えているだろうか。皺深い顔に、鋭い目。仕事着は泥だらけだが、動きに迷いがない。庭師として長く働いてきた手の形をしていた。
「老庭師のヨハンさんですか。イレーネと申します。辺境伯夫人として参りました」
「あんたが新しい奥方か」
ヨハンは立ち上がり、土を払った。値踏みするような目でイレーネを見る。
「染色師だと聞いたが」
「はい。この場所について教えていただきたくて」
「なぜここに興味がある」
「工房の窓からこの畑が見えまして。石組みの形が染料畑に似ていたので」
ヨハンは少し目を細めた。
「……よく分かったな」
「職業柄、染料畑の形には目が慣れています」
「そうか」とヨハンは言った。「ここは昔、染料を育てていた場所だ」
やはり、と思った。
「今は何も植えていないのですか」
「植えても育ちが悪い。手を入れていない土だからな。それに……ここで染料を育てることを、よく思わない者もいる」
ヘルミーネのことだろうか、とイレーネは思ったが、聞かなかった。
「少し見させていただいてもよいですか」
「好きにしろ」
「ありがとうございます」
イレーネは石組みの中に入り、草を掻き分けながら歩いた。染色師の目で植物を確認していく。草の種類、葉の形、茎の断面。雑草の中に、それではないものがまじっていないか。
「あ」
声が出た。
草の根元、石組みの縁に近いところ。赤みがかった細い茎、三つ葉の形。見間違えようがない。
「茜草です」
「何?」とリゼッテが覗き込む。
「染料になる植物です。茜の根から赤い染料が取れる。それがまだここに生えている」
ヨハンが近づいてきた。「あんた、それが茜だと分かるのか」
「見分ける目だけは訓練しました。根を掘らせてもらえますか」
「構わんが、あまり多くは取れないぞ。野生化して細い」
土を少し掘ると、細い赤みがかった根が出てきた。本来は太く豊かな根から赤い染料が取れる。これは細い。でも根の中心部の色は確かに赤い。
「まだ生きています」
「そうだな」とヨハンは言った。「この土地のものは、しぶとい」
沈黙が落ちた。
ヨハンは石組みの奥の方を一度見た。何かを考えるような目で、すぐに目を戻した。
「あそこには……わしが守り続けているものがある。まあ、今は関係ないか」
何かあるのだ。でもヨハンは話す気がなかった。
「ありがとうございます、ヨハンさん。また来させていただいても構いませんか」
「構わん。この植物のことなら、わしの知っている限りは教える」
「助かります。この茜草は——染められますか」
ヨハンは少し考えてから言った。「さあのう。育ちが違うから、染まり具合も違うかもしれんが」
「それを調べさせてください」
イレーネは目が輝くのを自分で感じた。
失われた土地の色の、最初の手がかりが、ここにある。
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