表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夫は色の名前をひとつも知りませんでした。けれど私が染めた布を、一枚も手放しませんでした  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/30

第十三話 旧染料園への道

毎日5話ずつ、07:30 / 12:30 / 17:30 / 19:30 / 21:30 に更新予定です。

面白かったら評価やブックマークで応援してもらえると嬉しいです。

リゼッテに連れられて城の裏手に出ると、空気が変わった。


城の中の石と木の匂いとは違う、土と草の匂いだ。枯れた茎、苔、秋に向かって色を変えつつある草——自然の匂いが、風に乗ってくる。


「ここです」とリゼッテが足を止めた。


石組みの囲いが見えた。かつては整然とした畝があったと思しき区画が、今は草と雑木に半ば覆われている。石の縁は残っているが、土は固く、草の根が縦横に伸びている。


荒れている。だが、完全に死んでいるわけでもない。


「ヨハンじいさんはどこかな……」


「おう、誰だ」


石組みの向こうから、しゃがれた声がした。


白髪の老人が、土を掘っていた。七十は超えているだろうか。皺深い顔に、鋭い目。仕事着は泥だらけだが、動きに迷いがない。庭師として長く働いてきた手の形をしていた。


「老庭師のヨハンさんですか。イレーネと申します。辺境伯夫人として参りました」


「あんたが新しい奥方か」


ヨハンは立ち上がり、土を払った。値踏みするような目でイレーネを見る。


「染色師だと聞いたが」


「はい。この場所について教えていただきたくて」


「なぜここに興味がある」


「工房の窓からこの畑が見えまして。石組みの形が染料畑に似ていたので」


ヨハンは少し目を細めた。


「……よく分かったな」


「職業柄、染料畑の形には目が慣れています」


「そうか」とヨハンは言った。「ここは昔、染料を育てていた場所だ」


やはり、と思った。


「今は何も植えていないのですか」


「植えても育ちが悪い。手を入れていない土だからな。それに……ここで染料を育てることを、よく思わない者もいる」


ヘルミーネのことだろうか、とイレーネは思ったが、聞かなかった。


「少し見させていただいてもよいですか」


「好きにしろ」


「ありがとうございます」


イレーネは石組みの中に入り、草を掻き分けながら歩いた。染色師の目で植物を確認していく。草の種類、葉の形、茎の断面。雑草の中に、それではないものがまじっていないか。


「あ」


声が出た。


草の根元、石組みの縁に近いところ。赤みがかった細い茎、三つ葉の形。見間違えようがない。


「茜草です」


「何?」とリゼッテが覗き込む。


「染料になる植物です。茜の根から赤い染料が取れる。それがまだここに生えている」


ヨハンが近づいてきた。「あんた、それが茜だと分かるのか」


「見分ける目だけは訓練しました。根を掘らせてもらえますか」


「構わんが、あまり多くは取れないぞ。野生化して細い」


土を少し掘ると、細い赤みがかった根が出てきた。本来は太く豊かな根から赤い染料が取れる。これは細い。でも根の中心部の色は確かに赤い。


「まだ生きています」


「そうだな」とヨハンは言った。「この土地のものは、しぶとい」


沈黙が落ちた。


ヨハンは石組みの奥の方を一度見た。何かを考えるような目で、すぐに目を戻した。


「あそこには……わしが守り続けているものがある。まあ、今は関係ないか」


何かあるのだ。でもヨハンは話す気がなかった。


「ありがとうございます、ヨハンさん。また来させていただいても構いませんか」


「構わん。この植物のことなら、わしの知っている限りは教える」


「助かります。この茜草は——染められますか」


ヨハンは少し考えてから言った。「さあのう。育ちが違うから、染まり具合も違うかもしれんが」


「それを調べさせてください」


イレーネは目が輝くのを自分で感じた。


失われた土地の色の、最初の手がかりが、ここにある。

次話も更新されます。引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ