第5話 革命を始めましょう!
ロベスピエールは、静かに微笑んだ。
それからわずかに顎を上げ、指先で前髪を払った。
光を含んだ金の房がさらりと流れる。白い額が露わになる。そこには揺るぎない意志が宿っているように感じられた。
「打ち明けよう」
ロベスピエールはよく通る声でそう言った。
「私は今日ここに、『三色同盟』の一員としてやってきた」
「三色丼?」
「いや、三色同盟だ」
初めて聞く名前だった。
「われわれが掲げるスローガンは『自由、平等、博愛』。特権階級を打ち砕き、この国を市民の手に取り戻す――。そのために動いている地下組織さ」
「……一つよろしいかしらん」
「もちろんだとも」
「あなた方が打ち砕こうとしている『特権階級』ですけれども、そこにはわがダントン公爵家も含まれていると考えてよろしいのよね?」
「そうだね、そう考えてくれて構わない」
ロベスピエールが答えるや否や、
「ギエーッ!」
耳をつんざく絶叫が響いた。
言わずと知れたミルクである。
「おのれ、刺客だったか! さてはお嬢さまの首を斬り落とし、首から下は犬畜生に食わせ、お美しいこうべは王宮広場に並べようという腹積もりだな!? そうはさせるか!」
えらい剣幕だった。
さすがのロベスピエールもこれには唖然。
彼女はストロベリーに訊いた。
「もしかしてミルク嬢は、あれかい? 名のある武将の娘さんか何かかい? またはバーサーカーの血が流れているとか?」
「いいえ、没落貴族ボナパルト家の出ですわ」
ロベスピエールは一つ咳払いすると、改めてミルクに向き直った。
「誤解のないようはっきり言っておこう。私はストロベリー嬢の首を取りにきた刺客ではない。むしろ逆さ」
「逆だと?」
「ああ、ストロベリー嬢に死なれては困るんだ。だって私たちの仲間になってほしいんだからね」
ロベスピエールがそれから語ったことを端的にまとめるならば、「ペンは剣よりも強し」ということになるだろう。
曰く、ストロベリーがつづる言葉には力がある。人びとの心に火を灯し、革命のうねりを生み出す力がある。
「だから私たちにはきみが必要なんだ!」
とロベスピエールは言った。
「共にこの国を変えようじゃないか!」
と彼女は言った。
「きみがほしい!」
とも言った。
突然のプロポーズ、もとい勧誘だ。
ストロベリーの瞳が困惑に揺れる。
「あのぉ、わたくしは公爵令嬢でしてよ? おまけに王太子殿下の婚約者でしてよ? あなた方にとってはラスボスに近い存在のはず。そんなわたくしを勧誘するって、節操がなさすぎるのではなくて!?」
そんな言葉が喉元まで込み上げた。
――が。
(あ)
そこで閃いた。
(もしかしてこれは、わたくしにとって起死回生の大チャンスでなくて!?)
かのマリー・アントワネット嬢は「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」と言ったそうだ。
それになぞらえるならば、「逮捕されそうなら、逮捕状を発行した国を転覆させてしまえばいいじゃない」。
そうなのだ。
国をひっくり返してしまえば、逮捕も処刑もない。「悪役」も「変態」もチャラになる。
自分が助かるために革命を起こすだなんてちょっと不真面目すぎる気もしたが、
(フフッ、知ったことじゃありませんわ! わたくしは前世の茜の分まで幸せになると誓いましたの。そのために利用できるものはすべて利用させていただく所存でしてよ。ワールド・イズ・マインでございますわー!)
気がつけば、胸の奥が妙に高鳴っていた。
恐怖か?
違う。
楽しかったのだ。
何だか無性に楽しかったのだ。
ストロベリーはテーブルの上の扇子を手に取り、パチリと広げた。
そして、
「よろしくってよ! わたくしも乗らせていただきましょう。――革命という名のビッグ・ウェーブに!」
と宣した
◇◆◇◆◇
ストロベリーの決断に、ロベスピエールは満足げにうなずいた。
一方、
「忙しい忙しい」
ストロベリーの服やらメイク道具やらをバッグに詰め始めたのはミルクである。
彼女はストロベリーに背を向けたまま、
「――あ、お嬢さま。もちろん私もお供しますので」
と言った。
軽い口調だった。
わざと軽く言っているようだった。わざと軽く言って、ストロベリーの反応をうかがっているようだった。
「ねえ、ミルク」
「ええ、ええ、当然ですよね! だって私はお嬢さまの専属メイドですものね!」
「聞いて頂戴、ミルク」
「……はい」
「わたくしはこの家を捨てて革命に身を投じるのよ? 死出の旅路かもしれませんことよ? だからあなたには……」
「私には!」
ミルクが振り向いた。
「私には覚悟があります! 地獄の底までお供するという覚悟です!」
いつになく真剣な眼差しだった。
「だからお嬢さま、私を置いていかないでください! どうぞ連れて行ってください!」
一瞬の沈黙。
ストロベリーはまぶしそうに目を細めた。
「――『お嬢さま』はやめなさいね」
「え?」
「わたくしは公爵令嬢という身分を捨てるんですもの。これからは『お嬢さま』はやめるのよ」
「は、はい! では、あのぉ――お姉さま!」
◇◆◇◆◇
ロベスピエールによると、王太子率いる近衛騎士団がこの屋敷に迫っているとのことだった。目的はストロベリーの逮捕である。
さあ時間との勝負だ。
一刻も早く屋敷を出なければならない。
ストロベリーはデスクに向かい、大急ぎでペンを走らせた。
「今日まで育ててくださったことに感謝いたします。そして、これから何があろうともこの気持ちに変わりはございません。お元気で」
父への置き手紙だった。
末尾にサインを記し、
「さあ、参りましょう!」
ストロベリーがそう言った、その時だった。
にわかに外が騒がしくなった。
ミルクが窓際に駆け寄り、カーテンの陰から様子をうかがった。
そして、
「うっ!」
小さく息を飲んだ。
正門の前に、ずらりと騎士が並んでいたのである。
それだけではない。見れば屋敷全体が包囲されているようだった。




