第1話 わたくしは悪役令嬢でしたのね!?
※全6話、3月31日夜に完結予定です。最終話まで完成済です。 →完結しました!
天井のシャンデリアが、部屋全体をやわらかく照らしていた。
部屋に置かれているものは、本棚から天蓋付きのベッドに至るまでそのすべてが超一級品だが、シックにまとまっており、いやみな感じは皆無。
上品で落ち着いたそんな私室で――、
(うんぎゃらぱっぴゃあああああああー!)
ストロベリーは奇声を上げた。
いや、上げそうになった。
だがそこは公爵令嬢だ。十七年間の教育のたまものだ。大きく深呼吸して平静を保ち、あくまでもたおやかに椅子に腰かけた。
ナイト・ドレスのすそが小さく揺れた。
(……こ、この記憶は)
ストロベリーが取り乱すのも無理なかった。
何の因果かわからないが――就寝前のルーチンとして「今日もお紅茶をいただきながら小説を楽しみましょう」とウキウキしていたら。そう、ウキウキしていたら、突如として前世の記憶が蘇ってきたのだ。それも奔流のごとく一気に。ドバッドバッと。
ストロベリーは額に手を当てた。
(そういうことでしたのね……)
あたりを見回す。
幼い頃から見慣れた光景だが、いまとなってはまったく別の色を帯びていた。
(間違いありませんわ。ここは――あの乙女ゲームの世界ですわ!)
(そしてわたくしは、オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホッ!)
(あらいやだ。わたくしったら、お下品な笑いがこぼれてしまいましたわ)
(でも仕方ありませんわよね。狂笑の一つも漏れますわよね。だって自分が――乙女ゲームの悪役令嬢に転生していると気づいてしまったんですもの!)
ああ、青天の霹靂だ。
あわやおしっこを漏らしそうになったストロベリーだったが、下腹部にフンッと力を入れてしのいだ。お嬢さまはお漏らししたりしないのだ。
◇◆◇◆◇
(とにかく落ち着かなければ……)
とストロベリーは考えた。
テーブルの上の銀のスプーンを手に取る。ラベンダー・ティーをゆっくりとかき回す。
湯気とともに花の香りが広がり、鼻腔をくすぐった。
(はあ、癒されますわ)
(それにしても――「花の香りが広がり、鼻腔をくすぐった」、ね。花の香りが鼻をくすぐった。花が鼻を……)
口元がゆるんだ。
(うひ。うひひっ)
直後、
(えっ!?)
ストロベリーは体を固くした。
(わ、わたくしはいま何を?)
(まさか、「花の香りが鼻をくすぐった」だなんていまどき小学生でもスルーするような一文に――反応した? それも「うひひっ」と? 「うひひっ」と下卑た笑いが出た? 誇り高き公爵令嬢たるこのわたくしから!?)
狼狽するストロベリー。
だが原因は明らかだった。
彼女の前世の人格「茜」の影響である。
(そうそう、そうでしたわね)
(前世のわたくしは「うひひっ」と笑うクソ陰キャオタク女子でしたわね……)
ストロベリーは体の前で両手を交差させ、自分自身をそっと抱き締めた。
不思議な話だが、前世の自分がとても愛おしく感じられたのだ。
茜は、誰かに褒められるような人間ではなかった。
根暗だったし。マイナス思考ばかりだったし。人と話すのが苦手で、愛想もなければ愛嬌もなかったし。それに性癖も歪んでいたし。
でもストロベリーは――というか、だからこそストロベリーは、茜が愛おしかった。
そして、
(今世では幸せにならなければ)
と思った。
茜は若くして事故死した。オタ活など楽しかった記憶もあるが、では幸福な人生だったかと訊かれるとなかなか首肯しづらい。
(だからこそ)
と思うのだ。
(だからこそ今世では石にかじりついてでも幸せになってみせますわ! そうよ、茜の分までも!)
◇◆◇◆◇
ストロベリーは、ラベンダー・ティーで気を静めると、背筋をピンと伸ばし、頭の中を整理し始めた。
前世の記憶をたどれば、いまいるここが、とある乙女ゲームの世界だということは間違いなかった。
【ドキドキ♡聖女♡デイズ】。
通称【ドド女デ】。
主人公は、平民出身の聖女だ。
彼女はいろいろあって貴族学院に入学することになり、そこで王太子や貴族の子息といった「攻略対象」と出会う。
かくしてゲーム本編が始まる。
プレイヤーは誰か一人を攻略してもいいし、ハーレムを築いてもいい。攻略対象同士をくっつけるなんてイカれた隠しルートもあるのだが――いずれにしても、攻略対象たちは聖女との出会いをきっかけに「真の愛」に目覚めるという寸法だ。
これに唖然とし、激怒するのが、攻略対象の婚約者たちである。
彼女たちは、
「は? 真の愛? 何を舐め腐ったことをおっしゃっているの!?」
というわけで、聖女に怒りをぶつける。
当たり前である。
彼女たちからすれば、「聖女=恋人を籠絡する悪党」なのだから。
ところが、だ。
ところがこのゲームでは、「婚約者たち=親が決めただけの関係にしがみつき、真の愛を邪魔する悪役令嬢」と扱われる。
だから最後に待っているのは断罪だ。
ある者はスコーンと首を飛ばされ、またある者は魔物が棲む森に追放される。
で、じつに困ったことに――ストロベリーは悪役令嬢の筆頭、王太子の婚約者なのだった。
ストロベリーは、真鍮製の卓上カレンダーに目を落とした。
プレイヤーがたどるルートによって多少の差はあるものの、彼女が断罪される日まであと一か月というところだろう。
ストロベリーは自らの首に手を当てて、
(……この首、飛ばしてなるものですか!)
と思った。
作中キャラの彼女が果たしてゲーム・シナリオに逆らえるのか、シナリオをねじ曲げて幸せをつかめるのか、それはわからない。
でもストロベリーは、
(わたくしは負けませんわよ!)
と闘志を燃やした。
(首を飛ばされるその瞬間まで、決して諦めませんわ!)
(いいえ。仮に首を飛ばされたとしても、せめて処刑人に噛みついて最後の一撃をお見舞いしてみせますわ!)
さすがは公爵令嬢。不屈の精神力である。
◇◆◇◆◇
バッド・エンドを回避するには、武器が要る。
今回の武器は情報だ。
前世でプレイした【ドド女デ】の記憶を有効活用するのだ。
ストロベリーはデスクの引き出しから、大量の便箋を取り出した。
まずは覚えている限りのことを書き出し、それから今後の作戦を立てようと考えたのである。
――記憶をたどり始めたのは、夜八時ぐらいだったと思う。
人物相関図やらルート分岐やらを次々と書きつけるうちに、
(まるで二次小説を書いているようでしてよ!)
気分が高揚してきた。
(ああ、燃えますわ!)
(今世でも同人活動を始めようかしらん……なんちゃって)
もうノリノリである。
筆だって、さらさら。さらさらさら。さらららららららららら、と走る走る。
いつの間にやら深夜〇時を回っていた。
慌てて専属メイドのミルクを呼んで、
「遅くにごめんなさい。お夜食をお願いできるかしら」
「かしこまりました、お嬢さま」
軽めのスープとパンで腹の虫をなだめる。で、再びさららららら。
(フフッ、懐かしいですわ。同人イベントを前にしたあの嵐のような日々が。あの完徹の日々が。わが青春ですわね)
カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる頃には、便箋二百枚に渡る超大作ができあがっていた。
途中からすっかり二次小説のノリで執筆してしまったが、というか、筆が滑ってだいぶ過激な描写を挿入したりしてしまったが、
(と、とにかく覚えている限りのすべてを書き出しましたわ!)
次はこれを分析して、今後どのようにふるまえばいいか検討する段階だが、襲いくる眠気はあらがいがたいレベルにまで達していた。
――眠気?
いや、それだけではない。妙に頭が痛かった。体も重かった。徹夜のせいだろうか? それとも前世のことを急に思い出したせいで脳がオーバーヒートしているとか?
ぐにゃりと視界が歪んだ。
(これはまずいですわ!)
慌ててガウンを脱いでベッドに潜り込もうとしたものの残念、間に合わなかった。
全身の力が抜けた。
ストロベリーはその場に倒れ込んでしまった。
◇◆◇◆◇
目を覚ました時、ストロベリーはベッドの中にいた。
「あら。わたくしは……」
次の瞬間、
「お゛、お゛、お゛」
という名状しがたい声が響いた。
(オットセイかしらん?)
メイドのミルクだった。
彼女はベッド・サイドの丸椅子に腰かけ、目に涙を浮かべていた。
そして、
「お゛嬢さまああああああ!」
ストロベリーの顔を見て号泣した。
聞けば、ストロベリーは三日三晩も眠り続けていたのだという。
ミルクは
「う゛う゛う゛」
としゃくり上げながら、
「もしかしたら……」
と言った。
「もしかしたら、このままお嬢さまが死んで。あ、いえ、あのぉ」
目上の人物に「死んでしまうかもしれないと思った」と言うのは不敬だと気づいたらしい。
「えーと、そのぉ……」
しばらくうなっていたが、
「お隠れあそばれるかもしれないと思いました。うわああああん!」
妙な敬語を使い、また泣き出した。
「あらあら」
ストロベリーは微笑み、ミルクの鼻をちょんとつついた。
「まったくあなたは泣き虫さんね。日照りの時にはダムに置いておきたいぐらいだわ」
ミルクの上半身を抱き寄せ、そっと頭を撫でてやった。
(でもミルクが取り乱すのも無理ありませんわ)
とストロベリーは思う。
(わたくしだって、ミルクがふいに倒れて三日間も目を開けなければ、どれほど取り乱すことか……)
ミルクは、ストロベリーより三つ年下の十四歳である。
二人は主従の関係でありながら、長い付き合いのせいか、それともどこか似たところがあるせいか、それぞれが姉妹のような感情を抱いていた。
しばらくして、
「失礼しました……」
ミルクが顔を上げた。
寝不足の上、泣きわめき、さらにその顔をストロベリーの胸に押し当てていたせいだろう――公爵令嬢に仕えるメイドとは思えぬひどい顔になっていた。
「あらまあ」
ストロベリーは笑った。
「あなた、ひどい顔ですわよ」
ミルクはまた泣きそうになった。
「フフッ、もう泣かないの」
ミルクはぐっと涙を堪え、小さくうなずいた。
そして、
「お医者さまを呼んできますね」
とドアの方に歩き出した。
だが二、三歩進むとそこで立ち止まり、
「あ、そういえばお嬢さま」
くるっと振り返った。
「応募しておきましたので、ご安心ください」
ストロベリーは小首をかしげた。
「応募」と言われても、心当たりがなかったのだ。
「貴族学院の小説コンテストですよ」
とミルクは微笑んだ。
「おとといが〆切でしたからね。――机の上にあった玉稿はそのためにお書きになったんですよね? ちゃんと送っておきましたよ!」
その言葉に、
(……え)
ストロベリーは今度こそおしっこを漏らすかと思った。まあ我慢したけれども、しかしそれにしたって、
(【ドド女デ】のすべてを書き記したアレを……小説コンテストに送った!?)
(たしかに、小説とその設定資料みたいな感じになっていたけれど……うっ! 「BLエンド①では、王太子殿下とトニーさまが禁断の愛を育む」「王太子殿下の弱点は首筋だった。トニーさまはそれを知っていた。だから荒ぶる獣のごとく殿下を押し倒すと」云々と書いてあるアレを。アレを。送った!?)




