第7話 「この身体を存分に拝められるのだから」
夜には、なかなか贅沢な夕飯が用意されていた。
どうやら私の“お出迎えパーティー”とのことで、柳原が腕によりをかけてくれたそうだ。
『君を含めた新しい生活の始まりを祝うにしては、かなりの大盤振る舞いをしてしまったよ。まあだからこそ、しっかり味わってくれたまえ』
発言は一々腹立たしいが、料理は文句なしに美味かった。
A5ランクのシャトーブリアンなんて、生まれて初めて食べた。
その後は、私専用だと言われたバスルームで風呂に入り、用意された部屋のベッドに倒れ込む。
二人の寝室は一階にあるため、上がってくる気配もない。
まるで、高級マンションを二階丸ごと借りているような感覚だった。
「……幸せすぎる」
思わず、そんな言葉が零れる。
もう、ドレッシングや掃除の仕方で小言を言われなくて済む。無駄な愚痴を耳に入れずに済む。
美味しい食事と快適な環境で、好きなだけ小説を書いて金までもらえる。
――夢みたいだ。
いや、もしかして、もう夢の中なんじゃないか。
そう思いながら天井を仰いだ、そのとき。
間接照明に照らされた天井が、やけに薄暗く見えた。
微かな不気味さが、胸の奥に引っかかる。
……たぶん、柳原の話を聞いたせいだろう。
ちなみに、私のホラー耐性は人並みだ。
夜中に一人でトイレに行けなくなるほどじゃないが、驚かされればちゃんと悲鳴は出る。
だからだろうか。
本来は温かみのある天井の木目が、どうにも歪んだ顔のように見えてしまう。
「アレなんて絶対、叫んでる顔じゃん……寝られなくなったらどうすんのさ」
そうぼやきながら、私はベッドを抜け出した。
用意されてあった机に向かうと、ノートパソコンを開く。
「こういう眠れないときは……やっぱ小説だよね」
実は、柳原の悪夢の話を聞いたあたりから、ひとつ設定が浮かんでいた。
ダークファンタジーと言うほど重くもなく、そこまでホラーでもない。
――このストーリーなら、舘林にも文句は言われないはず。
そう思い、私はキーボードを叩き始めた。
――翌朝。
結局、浮かんだ物語を徹夜で書き上げてしまった。
完成と言っても、二万文字ほどの短編で、勢い任せなせいか誤字脱字も多い。
それでも――舘林を唸らせる自信は、かなりある。
「よし、早速謝礼金をいただくとするか……!」
空が明るくなっていることも、一睡もしていないことも忘れ、私は一階へ降りた。
「ちょっとー!」
時刻は午前五時半。
まだ早朝だというのに大声を出す私に、リビングにいた舘林が顔を顰める。
「……君ね、近所がないからいいものの、朝から随分騒がしいよ。ああ、もしかして、虫にでも口説かれたのかい?」
「誰が虫に求愛されるか!」
そう言い返して、私は舘林の姿にぎょっとした。
ソファにふんぞり返る彼は、バスローブ姿だったからだ。
開けた胸元からは素肌が覗き見え、私は慌てて顔を背けた。
「うわっ!? なんでそんな格好してんのさ!?」
「自宅で朝風呂に入って何が悪いのかな? 君の方こそ、まるで幽霊でも見つけたかのような反応とは何なんだい?」
私の反応が気にくわなかったのか、舘林は自慢するかのようにソファから立ち上がる。
「この僕の磨き上げられた肉体美を見て嫌な顔をするとは……君の美的感覚は相当狂っているようだね。ああ、可哀想に」
フフンと鼻で笑う態度は、どう見ても可哀想とは思っていないだろ。
「だが安心したまえ。これからはこの身体を存分に拝められるのだから、君の美的感覚も養われていくことだろうね! ハーハハハッ!」
出会って三日目にして、この自意識過剰っぷり。
正直、胃もたれしてきた。
「いや、その感覚は養われなくて結構です」
それに、突然の半裸に驚きこそしたものの、私には男兄弟が四人もいるから、そこまで耐性がないわけでもない。
……まあ確かに、弟どもよりはいい身体つきしてるなとは思ったが。
「それよりも! 小説書いたから読んでほしくてさ!」
私はスマホを舘林に押し付ける。
彼はわずかに眉を顰めながらも、それを受け取った。
「早速張り切ってくれるのは良いが……まさか、寝ずに書いたのかい?」
「ああ、まあ。色々考えてたら眠れなくってさ」
乾いた笑いを浮かべる私をよそに、彼は画面へ視線を落とした。
今回書いた物語は、要約するとこんな内容だ。
◆
主人公は、数十もの技を持つ英雄だった。
だが同時に、極度の日和見主義でもある。
A国に頭を下げ、B国でA国の噂を暴露し、C国でB国を貶す。
どの国にも良い顔をしながら、決して肩入れはしない。
ある日、主人公は勅命により、希少な宝を求めて洞窟へ入る。
同行者は、A国の戦士、B国の騎士、C国の剣士だ。
だが洞窟の奥へ進んだ瞬間、身体が凍り付いたように動かなくなった。
スキルは一切通用しない。
『これは神聖な洞窟に侵入した者を岩にする呪いだ』
洞窟は語りかける。
『だが、お前たちがいらないものを一つ差し出すなら、引き返す自由を与えよう』
金でも、衣服でも、腕でも、才でもいい――そう言われ、三人は主人公を見る。
彼の余りあるスキルを差し出せばいい、と。
だが主人公は拒んだ。
己の才能を失いたくはなかった。
全財産を差し出し、自由を得た四人。
しかし主人公は勅命を理由に、前進を止めなかった。
再び呪いが発動し、今度は松明、剣、靴、服と……次々にものが失われていく。
所持品を全て失った主人公たちは、次第に恐怖に駆られ始める。
次は誰かの才か肉体を失うことになるからだ。
すると主人公は怯える仲間にそれぞれ囁く。
『一人ずつ順にスキルや肉体を失おうじゃないか。そうして、最後には嫌われ者のアイツの命を差し出せばいい』
だが、主人公は最初から自分を身を犠牲にするつもりはなかった。
舌先三寸で仲間を騙し、切り捨てる算段だったのだ。
三人は順番にスキルを失い、凡人となった。
同じように言いくるめられ、今度は指、歯、声までも奪われた。三人は反論すらできなくなってしまった。
『さあ、次は?』
主人公はいよいよ、誰かの命を差し出してやろうとしたそのとき。
一人が主人公を羽交い締めにし、一人が彼の口に腕を突っ込み、一人が岩肌で傷つけた腕の血で、主人公の腹に書いた。
『コイツだ』
直後、ちょうだい、ちょうだい、と言う声がどこからともなく聞こえてきた。
主人公は自分から何かが奪われていく感覚に襲われた。
何十と持っていたスキル、腕、足、眼、鼻、声——そして自分自身を失った。
主人公を差し出して得た自由で、三人は急いで洞窟から逃げ出した。
何もかも奪われた主人公は、これは逃げた仲間が悪い、命を下した王が悪いと叫び訴え続けた。
だが、失った声が誰かに届くわけもなく。
恐怖に歪んだ彼の顔だけが洞窟の一部となって残り、いつまでも晒し続けることとなった。
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