第6話 「僕の執事さ」
……とまあ、朝から色々あり、私はそのまま舘林の車に乗せられた。
真っ赤なオープンカーはやたらと目立つうえ、雪もまだ解け切っていないこの時期では、正直寒いだけだ。
左右から冷たい風が容赦なく吹き込んでくる。
「これ……風邪引くって」
「この車の良さがわからないとは、君は人生の半分以上を損しているね」
「お生憎様。損しない人も世の中にはいるんだっての」
舘林に見えないよう、私はこっそり舌を突き出した。
「……ところで、本当にアンタの家に向かってるんだよね?」
「当たり前じゃないか。君と無意味なドライブをして、僕に何の得があると言うんだい?」
コイツは、何か言うたびに突っ掛からないと気が済まないのか。
気にしたら負けだと思い込み、私は話を続ける。
「家に向かってるわりには、どんどん片田舎に来てるような気がするんだけど?」
私はてっきり、高層マンションが並ぶ都市部か、高級住宅街に向かっているのだと思っていた。
だが車はそうした場所とは真逆の方向へ進み、牧歌的な景色の中を走っていく。
「ハーハハハッ。君は本当に考えが単純だなあ。だからどの作品も似たり寄ったりな展開ばかり盛り込むことになるんだよ」
「ここで急に私の小説を貶してくるか、普通」
そうこうしているうちに、車は目的地へと到着した。
小高い丘を登った先に、一軒の家が建っている。
リゾート地のペンションかと思うほど高級感漂う、モダンで洗練された外観は、どう見ても大豪邸だった。
「どうだい? なかなかこだわり抜いた北欧スタイルの家でね。テラスも十分な広さが欲しいあまり――」
得意げに語る舘林をよそに、私は車を降り、その家を見上げた。
一度は憧れるような住まいを前にしては、誰だって胸も高鳴る。
「ちゃんと聞いているかい? これはね、僕の理想を詰め込んだ、夢のマイホームなんだよ」
……コイツと一緒じゃなければ、より一層素直に感動できただろうけど。
そんなことを思っていると、私たちの前に誰かが現れた。
「ああ、おかえりなさい」
引っ越し業者とはまた違う作業着姿の男性だ。
健康的な小麦肌をしているが、腕を見ると随分細身のようだ。
どことなくはかなげで、舘林とは正反対の雰囲気をまとっている。
「引っ越し業者から荷物は受け取ったかい?」
「ええ。一応」
舘林の質問に男性は無愛想な返答をする。表情もどことなく不機嫌そうだ。
「ああ、紹介しておくよ。彼は柳原雅也。僕の執事さ」
「えっ!? 執事なの!!?」
燕尾服でもなければ、眼鏡でも色白でもないのに。
「眼鏡で色白は君の偏見だろう。こう見えて、彼はこの家の家事全般やその他雑用を任せている凄腕執事なんだよ」
「それはどっちかって言うと家政夫とか使用人って言い方なんじゃ……?」
私の突っ込みを都合よく無視し、舘林は家の中へ入っていく。
片や柳原は軽く会釈しただけで、彼の後を追っていった。どうやら寡黙な人のようだ。
玄関前に一人取り残された私は、慌てて二人についていった。
扉の先には、さらに夢のような空間が広がっていた。
吹き抜けのある広いリビング、洗練された間接照明とダイニング。
そして、一面ガラス張りの向こうに広がる景色。
「うあ……すごっ」
丘の上に建っているだけあって、そこからは町並みが一望できた。
「ここからの景色も自慢だが、二階からの眺めも悪くない。あとで見てみるといいよ」
素直に感動する私を見て、満足げな舘林は更に二階へと向かう。
「君の部屋は、こちらだ。ついてきたまえ」
二階には七つもゲストルームが用意されていた。
その中でも一番奥——私が通された部屋は、以前住んでいた部屋より明らかに広かった。
「なにこれ……凄すぎじゃん!」
思わず叫び、真っ先にベッドへ触れる。
想像通りのふかふかで最高の触り心地。
それだけではない。高級そうなソファに大画面のテレビ、ガラス戸の先には絶景広がるバルコニーまである。
「いや、もうこんなの完全に高級ホテルだって」
……どうしよう。今が人生で一番幸せかもしれない。
「そこまで満足してくれると、僕も招いた甲斐があるというものだよ。この部屋は君のものだから、自由に使いたまえ」
口の悪さばかり気にしていたが、この男のこういう太っ腹なところは本当に尊敬する。
私は感動のあまり、礼を言おうとした、そのときだ。
「……広いのは当然ですよ。元々、この部屋は千尋くんの部屋でしたからね」
柳原の一言に、言葉が喉で止まる。
「え? じゃあ、元はコイツの部屋だったの?」
「はい」
淡々と答える柳原に対し、舘林は露骨に不機嫌になる。
「雅也。余計なことは言わなくていいよ」
構わずに柳原は言う。
「半年ほど前、少々こんな話を聞いてしまったものでして……」
「話って何?」
私も凄く気になって、目を輝かせて柳原を見た。
「おい、やめるんだ」
「広い部屋というのは、日中はその開放感に心地良さなどを感じるものですが――夜になると、その分、闇も深く感じるものです」
柳原は長身の背を丸め、静かに語る。
「俺の知人が、この部屋ほどの広さの1Kに住んでいまして。ある夜、なかなか寝付けず、スマホを見ていたそうです。すると、不意に部屋の隅が気になった」
そこには何もない、ただの壁。
……のはずだった。
「なぜか、その隅が異様に暗かった。まるで墨汁で塗りつぶしたような真っ黒な闇。すると突然、その暗闇がじわじわと広がり始めたんです」
暗闇は生き物のようにゆっくりと、部屋を侵食していく。
それも一方だけではなかった。
他の三方からも闇は迫り、知人は急いで部屋の中心へ逃げる。
「広い部屋だから、すぐには闇に飲み込まれない。知人がそう思った次の瞬間――」
柳原は一拍置いた。
「天井から、ぽたり、ぽたりと何かが落ちてきた。暗くて正体はわからない。知人は悲鳴を上げる間もなくそのまま闇に包まれ――目を覚ましたそうです」
つまりは夢オチ。その知人が見たという悪夢の話だったそうだ。
……まあ、なんとなく予想はしてた。
「その話をしたら、千尋くんはすっかり怖がってしまいまして。すると一階にある使用人部屋と交換すると言い出したんです」
ちなみに使用人部屋は、この部屋の半分もないらしい。
「なるほど。広い部屋が怖くなったから、狭い部屋と交換したってわけか」
私の視線を受け、舘林は大げさな咳払いを二、三度した。
「別に、僕はただ、狭苦しい部屋での生活も乙なものだと思って……そう、気分転換で部屋を変えただけでね……」
とか何とか言い訳をする舘林の顔は、見事なまでに青白い。
彼の弁解は残念ながら、私と柳原の胸に響くことはなかった。




