第4話 「『なんで』とはまた愚問だね」
舘林は私のスマホを奪い取ると、輝く目で早速読み始めた。
「少し待ちたまえ」
横顔だけ見れば本当に超絶イケメンだ。
そんな気持ちがなくても、ついドキッとなってしまうほど。
……が、しかし。
彼の綺麗な顔立ちが、みるみるうちに青ざめていった。
私は首を傾げながら尋ねた。
「どう? 今回のは他の作品よりも“ダークファンタジー”だっただろ? 恐怖する描写なんて全然……」
舘林は顔面蒼白のまま、スマホを返した。
「……やっぱりクソつまんないなあ。要は老人が魔物で、勇者に呪いを掛けたかったという、よくある展開さ。ダークっぽさを出そうとして相変わらず戦闘がエグいだけでテンポも悪い。それともう少し主人公の心情の方にだね――」
またもや私の小説を酷評していく。
と、その時。
公園の木がガサガサと揺れた。
一瞬驚いたが、正体はなんてことない、カラスだった。
空へ飛び立つカラスを目で追い、ふと隣を見ると――。
「……どしたの?」
舘林が私の肩にくっついていた。
まるで威嚇された小動物みたいに震えて。
「い、いやあ……僕としたことが少々大げさに驚いてしまったようだ。まあ、カラスだってことにはすぐ気付いていたんだがねえ」
慌てて距離を取って誤魔化しているが、彼の声は震えていた。
……まさか。こいつ、相当なビビりなのでは?
「な、何だい?」
私は舘林をジト目で見つめ続ける。
すると、耐え切れなくなったか彼は、思わず顔を背けた。
「……ああ、そうさ。“君の小説を一番に読みたい”というのは嘘だ」
「嘘なの!?」
「実を言うと、僕はホラーが大・大・大っ嫌いでね。幽霊とか呪いとか、不公平だろ、理不尽だろ?」
「いや、出会ったときに“理不尽と思ったことがない”って言ってなかったっけ、アンタ」
呆れながら返すと、舘林は青ざめた顔のまま、咳払いをした。
「と、とにかく。僕はホラーを克服したくてね。だが映画も小説も無理。漫画もダメ。そうして色々読み漁っていくうちに辿り着いたのが――君の小説、というわけさ」
“ほどよい恐怖っぽさ”のあるダークファンタジー。
それこそが舘林の望む“丁度いいホラー”なのだという。
……んん?
じゃあやっぱり私の作品は“ホラー”じゃないってことだろが!
「しかも君の拙い文章がまた“恐怖”をいい具合に中和してくれててね。そこがまた良いんだ」
「雇う気があるならさ、少しは相手を“持ち上げる”ってこと覚えてくれない?」
ふと気付けば、舘林は先ほどまでの自信満々な表情に戻っていた。
「さて、成り行きとはいえ僕の秘密まで曝したわけだ……これで僕が本気だってことはわかってくれただろ?」
そう言うと舘林は踵を返す。
「まあ、急ではあったし、今回のところはこの辺にして――」
「――いいや、わかった。雇われてあげるよ」
私の即答に、舘林は目を丸くした。
どうせ断られると思っていたのだろう。
実際、私もさっきまでは断るつもりだった。
だが――。
私は小説家を目指す者として、誇りを持ってダークなファンタジーを書いている。
それなのに、クソだクソだホラーだホラーだって言われたまま……引き下がりたくはない。
それこそ理不尽だ。AIならまだしも、この男にまで言われたくない!
舘林のホラー克服?
それこそどうでもいい。完璧人間なんだから、これくらいのギャップがあった方が可愛いもんだ。
これは舘林の理不尽と、私の理不尽。
どっちが先に、相手の理不尽を認めるのか。
そういう勝負なんだ。
「急に意見を変えるなんて……どういう風の吹き回しだい?」
舘林が怪しむのも当然だが、私は軽く笑って返した。
「別に。元々あのバイト辞めたいとは思ってたし、誘われるのも悪くないかなって」
「ふうん……」
少し考える素振りを見せたあと、舘林は踵を返し、高らかに宣言した。
「よし、承諾を得られたなら善は急げだ! まずは今のバイトを辞めてもらわないとね」
「けどさ、なんでバイト辞める前提なの? これまで通り、バイト続けながら小説書くってことだって出来るだろ?」
舘林は肩を竦めて答えた。
「『なんで』とはまた愚問だね……“専属”なんだよ? ならば僕の家に来て、住み込んでもらうからに決まってるだろう?」
「え……えええっ!!!?」
住み込み?
そんなの聞いてない!!
私の驚愕など気にも留めず、舘林は勝気な笑みを浮かべる。
「なあに、心配はいらないさ。君専用の部屋も風呂もトイレまで用意してある。安心して引っ越してきたまえ。ハッハハハ!」
そう言い残し、高笑いと共に舘林は去っていった。
本当に、漫画から飛び出してきたような勢いの男だ。
自信満々で、突拍子もなくて、度肝を抜くことばかりする。
と、冷静になってから思う。
もしかすると私は――そんな勢いに乗ったばかりに“とんでもない理不尽”を選択してしまったのかもしれない。
そんな得体の知れない恐怖と、ほんの少しの興奮に。
私はひとり、身震いしながら苦笑した。




