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第3話 「あれは“ホラー小説”じゃないか」


 私は男を連れて、食堂近くの公園までやって来た。


「ほんっと……なんなの、アンタ。何がしたいの?」


 嫌な汗を拭いながら睨みつける。


「何が、って。さっきも言ったのに、もう一度言わせるのかい? やれやれ……ならば今度こそ、しっかり聞いておきたまえ」

「前置きはいいから!」

「まったく……僕は君を“専属小説家としてスカウトしに来た”んだよ」

「はいそこ!」


 私は男に勢いよく指を差した。

 指された男はムッとした表情を見せたが、それ以上は反論せず私を見返す。


「“小説家”としてスカウトって、しかも“専属”ってどういう意味? アンタどっかの出版社の人なの?」

「いいや」

「違うの!?」


「ああ……自己紹介がまだだったね。僕の名前は館林(たてばやし) 千尋(ちひろ)。多種多様な夢と趣味に没頭して生きる男さ」

「……え、つまりどういう職業?」


 舘林と名乗った男は名刺を差し出す。

 まあ、流石に名刺には職業は書いてあるだろうと思って受け取る。

 確かに住所やらアドレスやらは明記されていたが、“多種多様な夢と趣味に没頭して生きる男”までもそのままの文字で書かれていた。

 

 結局、“よくわからない人”という印象は変わらない。

 とりあえず、札束を平然と出すタイプの嫌な金持ちなのは確かだろう。


 と、思った瞬間、私は彼の名前から()()()()を思い出した。


「んん? たてばやし……ちひろ……ああっ!!!?」


 男――館林は、うるさいと言わんばかりに耳を塞いだが、私は構わず叫ぶ。


「わ、私の小説を、お気に入り登録しまくってくれてる人の……名前……!!?」

「ああ、ようやく気付いたようだね。間違いなく、君の“クソつまんない”小説の読者である館林千尋とは、この僕のことさ」


 館林は胸を張り、得意げに笑った。


 感想こそ書かれたことないが、唯一のファンだろうってことで覚えていた……が、それがまさかこんな怪しい奴だったとは。


「……で、なんでその読者さんが私を専属小説家にスカウトしに来たって?」


「君の小説が“クソつまんない”とは言ったが」

「それ三度目!」

「だが、そこが逆に“丁度いい”と興が湧いてね。是非雇いたくなったんだよ」

「いや、“専属”で雇いたくなる理屈がわかんないんだけど?」


 ジロリと睨むと、館林は肩を竦めて笑う。


「単純な話だよ。僕はね、何事も“一番”が好きなんだ」

「子供かよ」

「だから君の小説を、誰よりも早く……一番に読みたいんだ。それが、君を専属で雇いたい理由さ」


 一番に……。

 そう言われると、悪い気はしない。少しばかり照れくさくもなる。


「なんせ、閲覧数皆無な君の小説()()()で“一番”を奪われるなんて、とにかく悔しい――と言うよりもはや屈辱だからねえ」


 ……やっぱ今のナシ。

 この男、人を上げて落とすのが好きらしい。


「だからって“専属小説家”? ……んなの、めちゃくちゃだろ」


「言っておくが、僕は本気だよ。謝礼金は弾むし、まかり間違って君が小説家デビューでもしたら、そのときは雇用を解消する。悪い話ではないだろ?」

「“まかり間違って”は余計だけど」


 確かに悪い話ではない。

 “クソつまんない”と断言するわりに、私の小説に金を払うというのだから。


 だが……何故だろう、詐欺よりも厄介なものに絡まれている気がしてならない。


「……まあ、少し考えさせて」


 とりあえず一旦保留にして、あとで断ればいい……そう思った。


「では期待して待ってるよ。なにせ……僕の望む“ホラー”を書けるのは、君しかいないと思っているからね」


「は? ホラー?」


 と、聞き捨てならない言葉が耳に入る。

 私は顔を顰めて言った。


「いやいや、私が書いてるのは“ファンタジー”――しかもダークファンタジー小説なんだけど?」


 すると彼は真剣な顔をして返した。


「……いや、どう読んでも、あれは“ホラー小説”じゃないか」


 “クソつまんない”に続いて今度も何を言うんだ、コイツは。


「確かにダークファンタジーにはホラー要素も含まれるけれど、私のはそこまで怖くはないだろ!」

「確かに、君の物語のさわりは至って普通のファンタジー……“陰鬱な設定による(ダークな)”ファンタジーを書こうとする意気込みだけは認めるよ」


 私を見つめながら、舘林は続ける。


「しかし、主人公は終始奇妙なり怪奇なりの苦境に立たされ、見どころもなく、誰も報われず、あっけなく幕を閉じる。先ほども言ったが、まるで君が抱く理不尽さ不平不満を、主人公の方に押し付けているだけなんだよ」


 痛いところを突かれて胸が痛くなる。

 ……っていうかこの男、本当に私の小説読んでくれているんだ。


「“ダーク”にしたって、もう少し気の利いた台詞回しや心理描写があっても良いというのに、君の作品にはそれもない。ここまで来ると“ホラー”と呼ばずして何と呼ぶかね」


 確かに日頃の不平不満をちょびっとだけ――いや、まあまあ、盛り込んでいるのは事実だ。

 そんな読後感悪いだけのストーリーに、“面白み”などあるわけがなく。

 だからAIに指摘されるのも当然なのだが……。


 この男にまで指摘されては、ぐうの音も出ない。



「――だ、だけどさ」


 私は舘林を睨んだ。


「私が書きたいのは“ダークファンタジー”であって、ホラーのつもりで書いてない! なのに“ホラー小説”を書けって言ってるんなら、専属なんてお断りだ」

「待ちたまえ」


 館林は軽く息をついて言った。


「君は今まで通りの小説を書いて構わないよ。それこそが僕の望む“丁度いいホラー”なんだからね」

「はあ?」


 結局意味がわからない。

 ホラー寄りのダークファンタジーが好きだということなのか?

 ……とにかく一応、この男の率直な感想をちゃんと聞いてみた方がいい。


「……じゃあさ、今度投稿しようと思ってる小説、ちょっと読んでみてよ」


 私はそう言ってスマホを取り出した。


 その小説の内容は、かいつまんで説明するとこうだ――。 


 ◆


 『主人公の勇者は酒場で、偶然出会った酔っ払いの老人と意気投合する。

 酔った勢いで勇者はつい仲間たちへの愚痴を零した。


 その愚痴はやがて怒りに変わり、老人の煽りもあってか、勇者は仲間に抗議しようとした。

 だが宿で待っていた仲間は、勇者が留守であるのをいいことに、彼を罵倒していた。


 勇者と仲間の喧嘩は死闘にまで発展した。

 結果、人数さもあり、勇者は敗北。仲間は彼を見捨てた。

 瀕死の勇者は静観していた老人に助けを求めた。


 しかし、その老人は変化した魔物だったのだ。

 

 魔物は無抵抗な勇者に呪いを掛けた。

 怪我は癒えたが、勇者は先ほどまで魔物が化けていた老人となっていた。

 

 呪いを解くには“瀕死の相手へ呪いを移す”しかなく、

 勇者だった老人は、酒場の隅で惨めに酒を煽り続けるしかなかった』


 ◆


 ――と、いう内容だ。

 陰鬱な結末こそダークであるが、どう読んでもホラーまではいかない作品だ。




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