第19話 「これこそが、僕にしか出来ないことなんじゃないかと」~舘林視点~
――僕が中学一年のとき、両親を事故で失った。
それは、平凡だったはずの人生が終わった瞬間でもあった。
僕は唯一の親族であった祖父に引き取られた。
それまで数回ほどしか会ったことのなかった祖父は、いわゆる資産家で、ありがたいことに不自由のない生活を送らせてくれた。
だが彼は厳格な性格で、愛情の与え方を知らない人だった。
そのせいか、家族を失ったばかりの僕は、言いようのない孤独感に襲われた。
なぜ僕だけが生きてしまったのかと苦しみ、いっそ両親のもとへ行けたら……どれほど楽だろうかとさえ思う日もあった。
そんなある日。
僕は中学校の文化祭で、何の気なしに生徒たちの展示物を眺めていた。
「――漫画研究会?」
“部”とも呼ばれていないその会は、自作の漫画を冊子にして展示していた。
と言っても、ありきたりな物語をなぞっただけのものだ。台詞もすべて手描きで、プロの目から見れば落書きのような作品ばかりだった。
まあ、中学生が青春の一ページとして残すには、ちょうどいい記念品といったところだろう。
『大切な家族が死んで悲しいのは、俺だってわかる! 辛いことだって、わかる! でも、そこで立ち止まったままじゃ、何も変わらないだろ!』
『そんな感情に飲み込まれたままなんて、勿体ない! だって、明日君が笑っている未来だって、きっとあるはずなんだから!』
『一歩踏み出す勇気がないなら、僕が君の手を引くよ!』
偶然目に留まったのは、やたらと青臭い言葉を叫ぶ、拙い作品だった。
家族を失い、闇に堕ちた勇者を救う王子様の物語。二人の再生の物語。
作者が思い抱いたメッセージをひたすら書き連ねただけの、黒歴史確定の物語だ。
本当に、ありきたりな設定、台詞、ストーリーだ。
そう思いながらも、何故か僕はこの作品に強く心を打たれた。
まるで衝撃が走ったかのような、そんな感銘を受けた。
結局のところ、僕もまだ青臭い少年だったのだろう。
勇者の生い立ちが、たまたま自分と重なっていたせいか、王子の台詞が、まるで僕自身に向けられているように感じられた。
僕を励まし、手を引いてくれた――そんな気がしたのだ。
「ねえ、読んでみてどうだった?」
突然、一人の女子生徒がそう尋ねてきた。
おそらく、この作品の作者なのだろう。目を輝かせ、落ち着かない様子だった。
「はい。ストーリーが面白くて、すごく感動しました」
素直な感想を伝えると、彼女はそれを噛みしめるように、嬉しそうに頷いた。
「明日香ー! ちょっと来て!」
別の生徒に呼ばれ、彼女は名残惜しそうに去っていった。
その姿を見送りながら、僕は改めて作者名を確認する。
「“あすさくら”……」
もっと踏み込んだ感想を言うべきか迷ったが、結局、伝えることはなく。
ただ、せっかくだからと、僕はその冊子を一部譲ってもらった。
――君は、あのときの生徒が僕だったなんて、きっと気付いていないだろうね。
今ほど身長もなかったし、変声期前でもあったから。
だからといって、その正体を明かすつもりは、これから先も毛頭ないけれど。
このときの僕も、この運命的な出会いは一時のもので、彼女と二度と会うことはないだろうと、心の奥にそっと仕舞い込んだ。
大学在学中に祖父が他界し、その遺産は僕に相続された。
倹約家だった彼が貯め込んだ財産は、一生遊んで暮らせるほどの額だった。
だが、夢も志もなかった僕はそれを持て余し、なんとなく元手にして、様々なビジネスや投資に手を出していた。
そんな折、幼馴染の雅也と高校卒業以来の再会をした。
「千尋くんが羨ましいですよ。俺も、そんな大金があったら……陶芸家を目指せていたかもしれない……」
酒の席で、ポツリと零れた言葉だった。
彼にしてみれば、ほんのささやかな愚痴だったのかもしれない。
だが僕は、その瞬間に思ったんだ。
これこそが、僕にしか出来ないことなんじゃないかと。
資金がなく、夢を追えない人。才能の芽を伸ばすことすら出来ない人、そんな人たちのパトロンになる――。
住まいも、必要な道具も、経費も、すべて僕が負担する。
掛かった費用は、出世払いで構わない。
他人から見ればそれは、金持ちの偽善だと言われるだろう。
だがそれでも、構わなかった。
ああ、その通りさ。
僕は、僕が気に入った人間がプロとして羽ばたく姿を見たい。
その自己満足のためだけに、投資するのだ。
丁度、別荘用に建てていた建物があったため、そこを彼ら専用の家にすることにした。
ついでに僕もそこで暮らせば、間近で見守ることも出来る。
――しかし。
僕の理想は、想像以上に浅はかだったらしい。
プロの道まで辿り着けたのは、九人中、たった一人。
残念ながら、才能や夢というものは、投資だけでどうにかなるものではないようだ。
あれほど必死だった雅也でさえ、早々に諦めてしまったのだから。
だが、これもまた一つの勉強だ。
去っていった彼らを思うと心は痛むが、僕は無理に引き留めることはしなかった。
仕方のない結末だ、と受け入れることにしたのだ。




