第13話 「何より、彼らが良い人たちだからだよ」
「最後はここだよ」
そこは町から少し外れた場所で、どこまでも田んぼが続いていた。
が、そんな田んぼの中にポツンと、まるで切り取られたかのように一軒の店が建っている。
レトロモダンな雰囲気を醸し出す外観に、これまたオシャレな扉が印象的な店だ。
「さあ、先に入りたまえ」
扉を開ける舘林に促されるまま、私は店内へと足を踏み入れる。
中はこじんまりとしていながらも、温かみのある造りだった。
そして何より目を惹くのは、ショーケースに並ぶ色とりどりのケーキの数々だ。
「うわ、すご……」
猫を模した可愛らしいケーキや、繊細にデコレーションされたケーキ。
どれも見ているだけで目の保養になる。
「いらっしゃい。お待ちしていましたよ、舘林さん」
店の奥から現れたのは、これまた目の保養になりそうなダンディ系イケオジだった。
……しかも眼鏡属性。思わず見惚れてしまう。
私が目を輝かせている隣で、舘林はいつもの得意顔で言った。
「例の品は用意出来ているかい?」
「はいはい。少し前に出来たところですよ」
そう言って彼――イケオジ店長がショーケースの一角から取り出したのは、大きめのケーキボックスだった。
「いつものケーキです。落とさないよう、気を付けてくださいね」
「そんな初歩的な失敗、僕がするわけないだろう?」
そう語る舘林の一方で、私はケーキボックスの中身が気になって、ついまじまじと見つめてしまう。
その視線に気付いたのか、店長は笑みを浮かべて言った。
「中にはね、舘林さんの大好物のチョコレートケーキが入っているんですよ」
「チョコレートケーキ? へえ、意外と……」
私の視線が舘林へ移る。
彼は咳払いを一つして反論した。
「それは僕に対する偏見だなあ。こう見えて僕は甘いものに目がないのさ。特に彼――佐々木さんの作るケーキは、いくつ食べてもくどくならない魔法のような生クリームが絶品でね。それだけじゃない、ここは丁度いい甘さの美味しいスイーツばかりなんだよ」
まるで自分のことのように語る舘林。
この男は鼻につくことばかり言うのに、こういうときは人を惹きつける声を持つから悔しい。
店内に漂う甘い香りの誘惑もあって、思わず涎が垂れてしまいそうだ。
するとイケオジ店長――もとい佐々木は、照れ隠しのように笑った。
「ははは……君にそう言われると、賞でも貰った気分になりますよ。本当に作りがいがある」
そのやり取りを見て、少しだけ町の人たちの気持ちが理解できた。
舘林はいつも堂々としていて、言葉に嘘がない。
仮にお世辞だと思っても、その勢いが相手を心地よくさせる。
――きっと、これがカリスマ性というやつなんだろう。
だから町の人たちも彼を対等に扱う。
だからこそ。
一方で私と彼には、まだ一線を感じてしまう。対等になれているとは思えない。
……考えすぎかもしれない。
けれど、町の人たちが私と妙に距離を取っている理由も、そこにある気がした。
そんなことを考えていると、佐々木が両手をポンと叩いた。
「そうそう。実はね、彼女さんに僕からプレゼントを用意したんですが……渡してもいいでしょうか?」
「言っておくが、彼女は僕の家で養うことにした人であって、僕の“彼女”ではない。だから僕に断りを入れずとも好きに渡して構わない――」
舘林が言い切る前に、佐々木は小さな小箱を私の前に差し出した。
「受け取ってくれますか?」
「え……?」
「せっかくプレゼントしてくれると言うんだから、ありがたく受け取りたまえ」
ふと箱を見ると、その上部は透明になっていて、可愛らしい動物を模したチョコレートが覗いていた。
「可愛い……」
感嘆の吐息を零す私に、佐々木は穏やかに微笑む。
「君が彼の家に来てからね、舘林さん、前よりずっと生き生きしているんですよ」
「え? そうなんですか?」
意外そうに視線を向けると、舘林は何も言わず顔を背けた。
……まあ、あの上から目線のテンションを“生き生きしている”と捉えれば、確かにそうかもしれない。
「だから私は君が来てくれて、本当に感謝しているんです。これはそのお礼ですよ。どうか受け取ってください」
私は戸惑いながらも、プレゼントを受け取った。
まさかこんな形でイケオジから贈り物を貰うとは。素直に嬉しい。
それにしても――私が来る前の舘林は、そこまで沈んでいたということなのだろうか。
尋ねたところで答えは返ってこないだろうが、視線を合わせようとしない彼の態度が、それを物語っていた。
……後で柳原に聞いてみた方が、色々と話してくれるかもしれない。
「まったく…貴方も心配性だなあ。僕は以前と何も変わっていない。至って普通だというのに」
そう呟くと、舘林は踵を返して店を出て行ってしまった。
気付けばコイントレイには、すでに代金以上の金額が置かれている。
「フフ……普段は堂々としているのに、自分のことになるとああして照れてしまうところが……息子みたいで放っておけないんですよ」
「可愛げ……あります?」
「そのうち分かりますよ。だから、根気よく彼を見ていてあげてください」
「いえ、だから私、彼女じゃ――」
反論しかけたが、深々と頭を下げられて、それ以上何も言えなくなった。
……ここに来てから、頭を下げられてばっかりだな。
「何をしているんだい。早く車に戻りたまえ」
扉を開けて戻ってきた舘林に呼ばれ、私は急いでプレゼントを持った。
「ああ、今行く!」
佐々木に軽く会釈し、慌てて店を出た。
振り返ると、佐々木は穏やかな笑顔で手を振っていて、私もつられて手を振り返した。
すべての買い物を終え、車は舘林邸へ向かった。
「この美戸井町を巡ってみて、どうだったかな? 実に住みやすい町だろう?」
「だから、もう何回か来てるんだって――」
と、言いかけて、私は口を閉ざす。
確かに彼の言う通り、柳原と来たときとはまた違う町の顔を見た気がした。
「まあ……アンタが、この町の人に愛されてるってことは分かったけど」
町の人たちは、舘林を単なる羽振りのいい金持ちだとは思っていない。
そこには、ちゃんとした信頼関係があった。
そう思うと、彼の知らない一面がまだまだあるのだと、思い知らされる。
まあ、コイツと出会ってまだ一か月程度だ。
何も知らなくて当然なんだけどさ。
「それは僕が親しみやすい人間というのもあるが……何より、彼らが良い人たちだからだよ」
そう語る舘林の声は、いつもより少しだけ控えめだった。
夜は舘林の断言通り歓迎会が行われ、沢山の御馳走がテーブルに並んだ。
「どれも最高の食材を使っているからね。最高の味付けに決まっている。さ、遠慮せず食べたまえ」
舘林は早速ワイングラスにワインを注いでいた。
「ちょっと量、多すぎやしない? こんなに食べたら太るって」
櫻井一家も育ち盛りの男たちばかりだったからまあまあ食べた方だが、テーブルにはそれと互角の料理が並んでいる。
まあ、小日向も呼ぼうとしていたのだから、いつも以上に張り切っていたのも無理はないだろうが。
「なあに、余った分は雅也が全部食べるから問題は何一つないよ。まあ、君がどうしても太りたいほど食べつくしたいと言うのならば、皿を空にしたって構いやしないけどね」
そう言って舘林は高笑いをする。
コイツの皮肉は無視しつつ、私は目を丸くして柳原を見た。
舘林どころか、もしかすると私よりも痩せていそうな彼が、まさかの大食漢?
何度か一緒に食事を取っていたと言うのに、そんなフードファイトしている様子は一度も見たことがない。
「……いつもは腹二分目で控えていますので」
疑問符を浮かべる私に、気付いた柳原は淡々とそう返した。
「八分じゃなくて二分目? 相当我慢してんじゃん!!」
「僕も食べたいだけ食べるよう言っているんだけどね。“成人男性が一日に必要なカロリーは摂取できているから”と言って遠慮してしまうんだよ。だからこうしてパーティを開いたときは、雅也もたらふく食べられるように沢山の料理を用意するのさ」
舘林はため息交じりにワインを一口飲む。
つまり、羽目を外して良いときはフードファイターぶりを発揮するってことなのか。
柳原を見つめていると、彼は早速、そういった機械のごとく黙々と料理を口に運んでいく。
二人の知らなかった一面を見て、今日は改めて一か月という月日がたかだかであることを実感させられる。
私はそう思いながら、静かにサラダを食べ始めた。




