第12話 「今回は僕とのデートだ」
天気は良好。どこまでも晴天が続いている。
だが、四月下旬の北海道は、まだどこか風が冷たい。
私はそんな中、舘林のオープンカーに乗っていた。
「朝も早くからさ、どこ行くっての?」
ゆっくり朝食を食べる暇も与えられず引っ張り出された私は、不機嫌な顔で尋ねる。
運転席の舘林は、不敵な笑みを浮かべて言った。
「今日は地元の町をね。僕が直々に案内してあげようと思って」
「町~?」
得意顔の彼とは対照的に、私が眉を顰めるのも無理はない。
地元の町――舘林邸近くにある町には、すでに柳原と何度か足を運んでいる。
今さら案内されるまでもなく、町並みはとっくに把握済みだ。
「どうせ雅也のことだ。町に連れて行くって言っても、せいぜいスーパーくらいだろう? 僕が案内するのは、もっとディープな場所さ」
小説の刺激にもなるんじゃないかな。
そう付け足して、舘林は高笑いする。
そうは言っても、片田舎の町にダークファンタジーの参考になるようなネタが転がっているとも思えない。
……まあ、家でゴロゴロしているよりは、多少マシか。
「ほら、見えてきたよ。ここからが丘の下の町――美戸井町さ」
煉瓦畳の可愛らしいメインストリート。
その突き当たりに、小さな駅舎が顔を覗かせている。
周囲には、いかにも商店街らしい店が並び、奥にはいつも買い出しで世話になっているスーパーも見えた。
「……もう何度も見てるんだけど、この光景」
「チッチッチ。前は単なる買い出しだったろう? だが今回は僕とのデートだ。なら、いつもの景色も当然変わって見えてくるというものじゃないかい?」
デート?
私がこの超絶イケメンと?
いやいやいや、それはコイツの冗談だろ。
そもそもこれがデートだなんて思えない。
なにせ、こんなシャッター街を散策するのがデートだなんて、どう考えても寂しすぎるだろ。
「確かに閉店して随分と経つ店も多いが、そこばかり見ているようじゃあ、君もまだまだヒヨッコだね」
そう言って、オープンカーはある場所で停車した。
メインストリートから少し外れた中通りにある、こじんまりとした店。
「酒屋……?」
看板には“小日向酒店”の文字。
運転手なのに、まさか今から飲むつもりじゃあ――なんてことは流石にないか。
「ちなみに……君はワインはいける口かな?」
「まあ、酒は一通り飲めるけど……?」
「それなら結構」
私に聞いたということは、もしや次の謝礼は酒、ということなのだろうか。
そう思った矢先、舘林が降りるより早く、店の扉が開いた。
中から現れた中年女性が、目を輝かせてこちらへ近づいてくる。
「あらあら、舘林さん!」
「これはこれは、小日向夫人。今日もお元気そうで何よりです」
丁寧に頭を下げる舘林に、私は目を丸くした。
……敬語?
てっきり無遠慮な口しか利けない男だと思っていたのに。そう言う言葉もちゃんと使えたのか。
「フフフ、どうもありがとう。舘林さんの方こそ相変わらずね。予定より早いご来店だけど……」
不意に、小日向夫人と呼ばれていた女性と目が合う。
「あら、もしかして隣にいるのは新しい彼女さん?」
「いやいや。確かに僕がモテるのは否定しがたい事実ではあるため、貴方の誤解も仕方がありませんが、彼女は恋人ではありませんよ」
たった一言『恋人ではない』で済むだろうに、毎度いらない前置きが長いんだよな、この男は。
「彼女は新しく僕の家で養うことにした人でね。今日は一か月経過を祝した歓迎会をしようと思って、例のものをお願いしたんだよ」
今、さらっと色々ツッコミたくなることを言わなかったか?
舘林邸に住んでから、いつの間にか一か月も経っていたことにも驚きだが、その歓迎会をするなんて話、今初めて知った。
そもそも歓迎会と言うが、引っ越した当日に“お出迎えパーティー”をしていたのは、私の気のせいだったのだろうか。
「……ああ、そうなの。よろしくね」
小日向夫人の声のトーンが僅かばかり低くなる。
こういう反応をする人の心情はよく知っているつもりだ。
私はなるべく彼女の顔を見ないように愛想笑いを浮かべた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
小日向夫人は軽く会釈した後、直ぐに舘林へ満面の笑みを返した。
「本当に、いつも贔屓にしてくれてありがとうね。今回もいいワインが入ってるから、楽しみにしててちょうだい」
そう言って、夫人は店の奥へ声をかけた。
「佳奈ー! 舘林さんのお酒、持ってきてー!」
「待ってお母さん! 今行くー!」
すると店内から、慌ただしい足音が聞こえてくる。
間もなくして、ひょっこりと一人の女性が顔を出した。
「あっ、舘林先輩! おはようございます!!」
佳奈と呼ばれていた彼女は、先ほどの夫人と同じように目を輝かせながら、丁寧にお辞儀をする。
ロングヘアにロングスカート。
小柄で、雰囲気は十代後半から二十代前半くらいに見える。
それより気になるのは――舘林への“先輩”呼びだ。
「ああ、おはよう。相変わらず小日向くんは賑やかだね。今日は店の手伝いだけかい?」
「いえ、午後からバイトです。先輩の方は……あ、え?」
不意に、彼女と私の視線がぶつかった。
驚いたような顔をされて、こっちまで気まずくなる。
「彼女は、僕の家で新たに養うことになった人でね。今日はその歓迎会をする予定で小日向くんも是非とも参加して欲しかったんだが……」
「えへへ、すみません。今回は無理そうです。でも先輩はいつも急すぎなんですよ。ちゃんと前もって言ってくれれば、例え嵐でも吹雪でも行くのに」
「それはすまない。次からは気をつけよう」
そう言って舘林は、私へと視線を移した。
「では、紹介だけはしておこうか。こちらは櫻井明日香くんと言ってね、小説家志望なんだよ」
「あ、ちょっ……!」
まだ家族にだってカミングアウトしていない情報なのに、こんなに次々と曝け出されてしまうとは……恥ずかしさにも程がある。
赤面する私をよそに、舘林は続けた。
「そしてこちらが、小日向 佳奈くん。この店の看板娘で、僕の高校時代の後輩でもあるのさ」
小日向は深々と頭を下げ、それから満面の笑みを見せた。
「……初めまして。小日向佳奈です! 突拍子もない先輩の言動に翻弄されているかと思いますが、どうか大目に見てあげてくださいね」
「ああ、いえ。こちらこそよろしく、お願いします」
意味深な一瞬の間を打ち消すかのような、眩しい笑顔。
私は反射的に頭を下げ返すことしか出来なかった。
「小日向くん、“突拍子もない”は僕にとっては褒め言葉だというのに……そんなに褒めても、ささやかなサービスくらいしか出してあげられないよ」
一方で舘林はご満悦といった様子で夫人に大金を渡していた。
今どきカードでも電子マネーでもないなんて、この男のセキュリティは大丈夫なのだろうかと心配になる。
「それじゃあ、また是非ともご贔屓に!」
そう言って親子揃って腰を折り曲げる。
だが何故だろうか、二人の微笑みは舘林にだけ向けられていて、私にはないように見えた。
まあ、出会って直ぐの単なる付添い人だし。無理もないが。
その後も、舘林は惣菜店、精肉店、八百屋といった店を回った。
そうして思ったのだが、店の人たちは案外舘林に対等な立場で語っていた。
「おう、舘林さん。これもついでに持ってってくれ」
「サービスしといたからね、舘林さん」
「いつもありがとうね、舘林さん」
といった感じだ。
如何にもな“金持ち男”の雰囲気を出す彼に、町の人たちは、もっとヘコヘコしているのかと思っていた。
だが、違う。行き交う人みんな、彼を良くも悪くも普通に扱っていた。
「貴方の店が仕入れたものはどれも素晴らしい品質ばかりだからね。これからも頼りにしているよ」
「さすが、貴方の店の野菜は新鮮なものばかりだ。ああ、そうだね……それじゃあ旬のキャベツとアスパラガスを貰おうかな」
舘林も町の人たちと話すときは、邸宅での姿とはまるで別人だ。
偉そうでもなく、意外なほど自然体。
――じゃあ、あの口の悪さ。
もしかして、私限定だったりするのか?
そう思った途端、胸の奥に小さな理不尽が引っかかり、私はひとり顔を顰めた。




