表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/14

第11話 「僕が本気で口説いたら落とせない女性はほとんどいない」



 その日の晩。柳原の言っていた通り、舘林が帰宅した。


「おかえりなさい、千尋くん。夕食とお風呂の用意が出来ていますが、先にどちらにしますか?」

「先に食事にさせてくれ」


 そう返す舘林の顔色は、あまり良くない。

 何をしているのかは知らないが、相当疲れているように見えた。


 夕食の用意されたテーブルにつくと、彼はすぐに、いつもとの違和感に気付いた。


「どうしたんだい? いつもの生姜焼きと違うじゃないか」


 見た目だけで気付くって、どんだけ豚の生姜焼き好きなんだ、コイツ。


「そりゃあそうだ。私が作ったんだから」


 舘林の背後でそう言うと、彼は目を丸くして振り向いた。


「な、なんで君がここにいるんだ? もう夕食は終わった時刻だろうに……」

「食後は自室から出ちゃダメとは聞いてないし。っていうか――アンタに、ちゃんと言っておきたいことがあってさ」


 私の言動に動揺しているのか、いつもより真剣な眼差しが向けられる。

 あまり見つめられると、思わず顔を逸らしてしまいそうになる。

 だから私は、勢いに任せて口を開いた。


「私とアンタは、小説家志望と変わり者の雇用主って関係だけどさ」

「変わり者は余計じゃないかい?」

「でも! いつまでも客人扱いってのは気が引けてたんだよね。対等になりたいっていうかさ……あ、だからって家賃を払うのは無理だけど、せめて他の手伝いくらいはさせてよ」


 舘林の前に、ドレッシングの入ったボトルを置く。

 先代店長直伝の、()()()のドレッシングだ。


「まあ、そう言っても私に出来そうなのって料理くらいなんだけどさ。とりあえず週2回くらいでやらせてほしいなって。ああでも、料理がクソ不味かったら断ってくれていいけど……」


 舘林は何も言わなかった。

 代わりに私から目を逸らし、目の前の食事に手を伸ばす。

 ドレッシングをかけ、サラダを一口。


「……悪くはないよ」

「え?」


「いいだろう。君がそこまで、僕の舌を満足させる自信があると言うのなら」

「そこまでは言ってない」

「調理担当を命じようじゃないか。しかも、隔週でね」


 隔週?

 週2回でって言ったはずなのに、どうしてそうなる?


 私が突っ込むより早く、舘林は続けた。


「なにせ週二だと、僕が食べて“あげる”機会も減ってしまうだろうからね。だが隔週なら、確実に食べてあげられる。感謝したまえ……ハッハハハハ!」


 いつもの高笑いが、ダイニングに響く。


 コイツのこういう上から目線がなきゃ、良い奴なんだろうけどな。

 ……いや、この性格のせいで、先住者たちは追い込まれていったんじゃないのか?


 そんなことを考えながら見ていると、視線に気付いた舘林が睨んできた。


「……許可は出したんだ。もう戻ってもいいだろう? それに見られながらだと、気が散って食べにくいじゃないか」

「いや、せっかく調理担当になったんで。自分が作ったものを食べてる人の様子くらい、見ててもいいだろ」


 ニヤニヤする私とは対照的に、舘林はしかめっ面になる。

 だが、すぐに口角を釣り上げた。


「僕の食事風景を見ていたら、君なんて惚れてしまうかもしれないよ」

「ああ、惚れる可能性は万に一つもないから。お気遣いなく」


 舘林の超絶イケメンさは認めるし、世の女性たちが一目惚れするのも理解は出来る。

 ただ、私の好みは眼鏡属性のダンディ系イケオジで、彼はタイプじゃない。

 そもそも性格の時点で、コイツに惚れることはあり得ない。


「“僕が本気で口説いたら落とせない女性はほとんどいない”と言われているけどね」

「じゃあ私は落とせない少数派なんだろ」

「……それじゃあ、そうかもしれないね」


 そう言って、舘林は生姜焼きを一口パクリと頬張った。

 いつの間にか先ほどより顔色も良くなり、いつもの雰囲気に戻っている。

 私の気のせいかもしれないが、それでも安堵に自然と笑みが浮かんだ。


 その少し離れた場所では、柳原もまた同じような微笑みを浮かべ、アップルティーを淹れていた。


「――ところで、小説の方は捗っているのかい? 一作品くらいは完成しているんだろうね?」


 ギクッと、身体が強張る。

 私は後頭部に手を当て、誤魔化すように笑った。


「ま、まあ……今、いいところまで書いてるよ」

「わかりやすい嘘は止めたまえ。顔に出ているよ」


 顔に出ている?

 初めて言われたが、もしかして私は分かりやすい人間なのだろうか。

 思わず自分の顔に触れる。


「あっ」


 触れてから、それが“嘘を吐いた”証拠になってしまうことに気付いた。


「“あっ”じゃないよ、君はまったく……僕と肩を並べたい云々の前に、小説家志望と雇用主という関係を忘れないでくれよ」


 痛いところを突かれ、居心地が悪くなる。

 私はじりじりと後退した。


「わかったわかった! 今日はこのまま撤退してやるけど、次は絶対、食べてるとこ見てやるからな! 覚えとけ!」


 舘林を指差して叫び、私はさっさと自室へ戻った。

 去り際に「それじゃあ負け犬の遠吠えじゃないか」なんて声が聞こえたが、まあいい。

 これで少しは舘林と対等になれた気がして――ただの客人ではいたくない、という意思表示が出来ただけでも大満足だ。


 ……と、思ったところで、階段を上る足が止まる。


「いや、ちょっと待て。結局、私ってどうなりたいんだ……?」


 柳原の言葉に感化され、衝動的に動いてしまったが、別にそこまで舘林と対等になりたかったわけじゃない。

 この邸宅に住まわせてもらっている以上、そんな立場になれるはずもないのに。


 それでも――

 舘林の話を聞いたとき、つい“彼と対等になってやる”なんて対抗意識が湧いてしまった。

 アイツの性格のせいなのだろうか?


 あれこれ考えた末、明確な答えは出ないまま。

 しまいには考えるのも面倒になり、私はため息交じりに自室へ戻った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ