第11話 「僕が本気で口説いたら落とせない女性はほとんどいない」
その日の晩。柳原の言っていた通り、舘林が帰宅した。
「おかえりなさい、千尋くん。夕食とお風呂の用意が出来ていますが、先にどちらにしますか?」
「先に食事にさせてくれ」
そう返す舘林の顔色は、あまり良くない。
何をしているのかは知らないが、相当疲れているように見えた。
夕食の用意されたテーブルにつくと、彼はすぐに、いつもとの違和感に気付いた。
「どうしたんだい? いつもの生姜焼きと違うじゃないか」
見た目だけで気付くって、どんだけ豚の生姜焼き好きなんだ、コイツ。
「そりゃあそうだ。私が作ったんだから」
舘林の背後でそう言うと、彼は目を丸くして振り向いた。
「な、なんで君がここにいるんだ? もう夕食は終わった時刻だろうに……」
「食後は自室から出ちゃダメとは聞いてないし。っていうか――アンタに、ちゃんと言っておきたいことがあってさ」
私の言動に動揺しているのか、いつもより真剣な眼差しが向けられる。
あまり見つめられると、思わず顔を逸らしてしまいそうになる。
だから私は、勢いに任せて口を開いた。
「私とアンタは、小説家志望と変わり者の雇用主って関係だけどさ」
「変わり者は余計じゃないかい?」
「でも! いつまでも客人扱いってのは気が引けてたんだよね。対等になりたいっていうかさ……あ、だからって家賃を払うのは無理だけど、せめて他の手伝いくらいはさせてよ」
舘林の前に、ドレッシングの入ったボトルを置く。
先代店長直伝の、あの店のドレッシングだ。
「まあ、そう言っても私に出来そうなのって料理くらいなんだけどさ。とりあえず週2回くらいでやらせてほしいなって。ああでも、料理がクソ不味かったら断ってくれていいけど……」
舘林は何も言わなかった。
代わりに私から目を逸らし、目の前の食事に手を伸ばす。
ドレッシングをかけ、サラダを一口。
「……悪くはないよ」
「え?」
「いいだろう。君がそこまで、僕の舌を満足させる自信があると言うのなら」
「そこまでは言ってない」
「調理担当を命じようじゃないか。しかも、隔週でね」
隔週?
週2回でって言ったはずなのに、どうしてそうなる?
私が突っ込むより早く、舘林は続けた。
「なにせ週二だと、僕が食べて“あげる”機会も減ってしまうだろうからね。だが隔週なら、確実に食べてあげられる。感謝したまえ……ハッハハハハ!」
いつもの高笑いが、ダイニングに響く。
コイツのこういう上から目線がなきゃ、良い奴なんだろうけどな。
……いや、この性格のせいで、先住者たちは追い込まれていったんじゃないのか?
そんなことを考えながら見ていると、視線に気付いた舘林が睨んできた。
「……許可は出したんだ。もう戻ってもいいだろう? それに見られながらだと、気が散って食べにくいじゃないか」
「いや、せっかく調理担当になったんで。自分が作ったものを食べてる人の様子くらい、見ててもいいだろ」
ニヤニヤする私とは対照的に、舘林はしかめっ面になる。
だが、すぐに口角を釣り上げた。
「僕の食事風景を見ていたら、君なんて惚れてしまうかもしれないよ」
「ああ、惚れる可能性は万に一つもないから。お気遣いなく」
舘林の超絶イケメンさは認めるし、世の女性たちが一目惚れするのも理解は出来る。
ただ、私の好みは眼鏡属性のダンディ系イケオジで、彼はタイプじゃない。
そもそも性格の時点で、コイツに惚れることはあり得ない。
「“僕が本気で口説いたら落とせない女性はほとんどいない”と言われているけどね」
「じゃあ私は落とせない少数派なんだろ」
「……それじゃあ、そうかもしれないね」
そう言って、舘林は生姜焼きを一口パクリと頬張った。
いつの間にか先ほどより顔色も良くなり、いつもの雰囲気に戻っている。
私の気のせいかもしれないが、それでも安堵に自然と笑みが浮かんだ。
その少し離れた場所では、柳原もまた同じような微笑みを浮かべ、アップルティーを淹れていた。
「――ところで、小説の方は捗っているのかい? 一作品くらいは完成しているんだろうね?」
ギクッと、身体が強張る。
私は後頭部に手を当て、誤魔化すように笑った。
「ま、まあ……今、いいところまで書いてるよ」
「わかりやすい嘘は止めたまえ。顔に出ているよ」
顔に出ている?
初めて言われたが、もしかして私は分かりやすい人間なのだろうか。
思わず自分の顔に触れる。
「あっ」
触れてから、それが“嘘を吐いた”証拠になってしまうことに気付いた。
「“あっ”じゃないよ、君はまったく……僕と肩を並べたい云々の前に、小説家志望と雇用主という関係を忘れないでくれよ」
痛いところを突かれ、居心地が悪くなる。
私はじりじりと後退した。
「わかったわかった! 今日はこのまま撤退してやるけど、次は絶対、食べてるとこ見てやるからな! 覚えとけ!」
舘林を指差して叫び、私はさっさと自室へ戻った。
去り際に「それじゃあ負け犬の遠吠えじゃないか」なんて声が聞こえたが、まあいい。
これで少しは舘林と対等になれた気がして――ただの客人ではいたくない、という意思表示が出来ただけでも大満足だ。
……と、思ったところで、階段を上る足が止まる。
「いや、ちょっと待て。結局、私ってどうなりたいんだ……?」
柳原の言葉に感化され、衝動的に動いてしまったが、別にそこまで舘林と対等になりたかったわけじゃない。
この邸宅に住まわせてもらっている以上、そんな立場になれるはずもないのに。
それでも――
舘林の話を聞いたとき、つい“彼と対等になってやる”なんて対抗意識が湧いてしまった。
アイツの性格のせいなのだろうか?
あれこれ考えた末、明確な答えは出ないまま。
しまいには考えるのも面倒になり、私はため息交じりに自室へ戻った。




