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ブレイン・シード  作者: 小石丸
プロローグ
5/15

私達は繋がっている

 太基(たいき)が読み書きを学んでいる間、紫珠乃(しずの)は牧師夫妻と教会内の小部屋で話をしていた。


「シズちゃん、大阪の牧野先生って覚えてる?」

「あー、一回会っただけだけど覚えてるよ。あれ忘れる方が無理じゃない?」


 今この部屋には他の教会員は居ない。普段は牧師夫妻を先生と呼んで敬語で話す紫珠乃だが、他人が居ない時にはずっと砕けた口調となっている。


「大阪の教会の人がこっちに来てね、地震以来だったからどうしているか聞いたんだけど。なかなか人が多いと大変で、助けて欲しいって」

「私達もギリギリじゃん、助けようにも食糧だって集めたそばから無くなってるの、養母(かあ)さんが一番分かってるでしょ」

「元々大都会だった場所は此処の比じゃないのよ」

「名古屋はそうでもなくない?」


 名古屋から特に救援要請が来たことは無い。紫珠乃達の教会も含めキリスト教プロテスタント系の諸教会は教派というスタンスの違いで分かれ、同じ教派同士なら緩く横の繋がりがある。この数年で神道は神社、仏教やプロテスタント系のキリスト教は宗派や教派ごと、カトリックはピラミッド型組織なのでこちらも一つの大きな纏まりとしての連携を取っている。インターネットが止まっている状況下で、悪意が入らないという意味ではある程度信頼できる情報源にもなっている。そういう繋がりの中で地理的に近い名古屋の近況は聞こえてくるが、救援要請は来たことが無い。それ故により遠くの大阪から、しかも直接会いに来るというのは無視できない状況だと判断して良い。


「名古屋は山とか農村と今のところ上手く繋がっているんじゃないかな? それと現状では人口が圧倒的に大阪のほうが多いって」

「んー、養父(とう)さん何か知ってるの?」

「確信はないけど、大阪なら居合わせた観光客と日雇い労働者だろうね」


 それなら分かる、と紫珠乃が頷いた。普通の人口統計には観光客は含まれない。つまり、『例のあの日』に大阪に居合わせた人数は名古屋とは比較にもならないのだろう。ついでに隣接する奈良、京都も観光名所なのだ。そして大阪は昔からドヤ街で日雇い労働者も数多い。当時かなり改善されていたとしても他より多いことは容易に想像できた。


「それさあ、近郊の農業地に頭下げてでも飛び込んで馴染んでいける人間がどれだけいるの?」

「華僑の人達ならかなり? 真面目な方は真面目で日本人よりタフだって」

「マジか。それで、向こうは何して欲しいの?」

「『知恵を貸してくれ』と。僕が昔出した手紙の束を読んで、浜松は農業地帯も多いことを思い出したらしい。特に浜松はじゃがいもが案外多いから」

「知恵というより種芋が必要なんじゃないの。まあ芋類に需要があるのは分かるわ。保存がきいて、どの文化圏の人でも食べやすいし」

「そう。田舎に逃げられる人達はいいよ。海外から来てて帰れていない人とか身寄りが無い人とかは身動きとれないから外には行かないでしょ。弱った人から亡くなっていくって言ってたよ」

「浜松もその点は大して変わらないでしょ」

「食糧の自給がどれくらい出来ているかで全然違うって。大阪の教会も最初は周りの援助に頼って、長引くにつれて家庭菜園レベルから農業に取り組み始めたそうだ。それで回らないから、本当に全員が共倒れになる前に『知恵を貸してくれ』と」

「はー、物乞いだったら断っていいって言うとこだったけど。今日を生きるだけじゃなくて生き続けなきゃいけないんだから。一方的なら付き合ってられないって」

「牧野先生はそんなヤワじゃないさ」

「知ってた。ともかく知恵を貸すついでに種芋運ぶには多少なりとも動ける人間が必要っていうのは分かったけどさあ」

「そう、(たまき)君もいるから無理にでも行けとは言えないけど。ただ他の教会員で、っていうのも難しいかなあ。あんまり年配だともう歩けないから足手纏いだし。歩けそうな人はだいたい医療系の人か農家さんだから」

「分かるけどさ。別にこの教会に限らず、周り見てても、今元気な人って仕事とかで毎日忙しい人だもん。若くても仕事も居場所も無くした人って鬱とかアルコール依存とかで真っ先に潰れていってた」


 紫珠乃はふう、と息をついて大阪の知り合いの牧師の姿を思い浮かべた。昔から、ホームレスや夜の街に屯する若者、刑務所の中の受刑者に体力の続く限り会いに行っては説教をしているというなかなか強烈なおばちゃん牧師だった。フレンドリーな人だから、この教会の誰が訪ねても歓迎してくれるだろう。

 次いで、頭の中に浮かんだのは太基のことである。最初は太基を預かってくれなどという話は考え直してくれと断ろうとした。結局折れたのは玖村(くむら)家への恩返しというところだ。太基の母、紫珠乃にとっては職場で仲の良かった先輩が訪ねてきてくれていなければ、今頃は母子共にとっくに死んでいたかもしれない。太基の祖父だって、なんだかんだと知恵を出してくれて、山間部の人々との繋がりも作ってくれた。そんな彼らのたっての願いを断ることなど出来なかったのだ。

 太基の祖父とは出発前夜に随分長く話し込んだ。太基には人ではない何かが憑いているだろうこと、それ故に山から一度里に降りて様子を見てほしいこと。まだ若く世間知らずなので町で出来るだけ経験を積んでほしいこと。町での生活が長くなる分は構わないが、無理がなければ多少の便りは欲しいと呟いていた。まだ現役で山を歩いてはいるが、年を取った分だけ弱ってきており気弱になったものだと笑っていた。


「しゃあない、牧野先生の頼みだもんね。ただ環と、太基君は置いていけない。先方には申し訳ないけど移動ペースは遅くなる」

「太基君ならシズちゃんの他にも教会員は居るんだし留守番でいいんじゃないの?」

「お祖父様としては町での滞在が長くなるのは問題無くて、色々と経験積んで欲しいんだってさ。それに、あの子の山での生活の知恵こそ今回の依頼で絶対に必要なんじゃない? どうせ大阪に住むわけじゃなし、初歩的なことだけ伝えられれば良くない? 後は地元の人の仕事なんだからさ」

「それでも、シズちゃん達だって随分色々教わってるんだから、太基君まで連れて行かなくても」

「もう一つ。太基君のお祖母様を探さなきゃ」


 この件は、実は太基がいることで糸口が掴めるかもしれなかった。ここ数年、紫珠乃も太基の母に協力して探していた。最初は『玖村』という名前のお婆ちゃんがいないか聞きまわった。そのうち周りで認知症になりかけているお婆ちゃん達が旧姓を名乗ってしまう例を目の当たりにしてからは旧姓でも探した。旧姓の『鬼窪(おにくぼ)』も『玖村』と同じくやや珍しい苗字のはずだが駄目だった。太基の母が言う『麓で親しかった人』というのも誰なのか分からずじまいである。ここまで浜松で収獲が無いのであれば祖母の顔を覚えているはずの太基を連れて遠くまで探すしかない。

 そういうわけで、太基の全く預かり知らないところで遥々大阪まで旅をすることが決まったのだった。


「今日、ソフィアちゃんところ行ってきていい?」

「ああ、はいはい行ってらっしゃい」


 翌日、太基は実にあっさり紫珠乃の許可を得て例のブラジル系の少女の言っていた雑木林へ足を伸ばすことができた。紫珠乃が何やらその日は慌ただしくしていたからで、運が良かったといえる。


「あ、結構広いね」

「そうでしょう。途中に道路や建物があるから連続しているわけじゃないけど、この辺はけっこう雑木林って言っていい場所があるんだよ」


 案内された先は普段通っている教会からやや北西、蜜柑の木が連なる場所もあれば、竹林となっている場所もある。何より目の前には浜名湖がずっと向こうまで続いている。


「あれが浜名湖か! 大きいね」

「ふふ、すごいよね。釣りはちょっとずつ教えてもらったんだよ。でもねえ、この辺で山菜に詳しい人には会えたことがないんだ」


 そう語る彼女と、両親を交えて雑木林の中を歩いた。土筆、蓬、フキ、タンポポ、タケノコ、ひよこ草。初心者にも見分けやすそうなものを選んで教えただけでも喜ばれた。ついでに夏や秋に役立つように、ツユクサやカラスノエンドウ、ムカゴの蔓やどんぐりのアク抜きの話もしておいた。


「ありがとう、こんなに色々あるなんて知らなかった!」

「すごいですね、教えてくれてどうもありがとうございます」

「どういたしまして。タケノコ以外は取りすぎないでくださいね」

「「「オッケー!」」」


 和気藹々と歩き回って時間はあっという間に過ぎていった。日は傾き、湖から陸へと少し温くて湿った風が吹き始めた。


「太基君、これあげる。お礼だよ」


 別れる前にキラキラ金色に光る首飾りを渡された。金色の繊維を編んだ小さな円が真ん中の列に4個、左右に3個ずつ縦に連なり、その上には同じく金色の繊維で編まれた葉が組み合わさって葡萄の意匠となっている。


「カッピンドゥラード、っていう金色の草で作ってあるんだよ。葡萄はさ、一房に沢山実がなるし一年中緑の葉っぱが付いているでしょう。だから豊かさとか不滅のシンボルなんだよ。だから御守りにあげるね」

「いいの?」

「うん、いいよ。太基君は多分これから色んな所に行かなきゃいけなくなるから」

「え?」

「太基君、たぶんお婆ちゃんのおかげだと思うけど『見える人』で助かったよ」

「何それ?」

「今は内緒」


 首を傾げながら、ともかく日没まで時間がなかったので太基は急いで教会まで戻った。考えても分からなかったし、ソフィアちゃんに聞いても教えてはもらえないのだろうと感じた。だから知っていることを教えて素直に喜んでもらえたという事実にひとまず満足しておこう、と決めたのだった。

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