表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブレイン・シード  作者: 小石丸
プロローグ
4/15

私達は孤立している

 時に野宿もしながら下り続けること約一週間。標高が低くなるにつれて少しずつ草が増え、小さな花を付けているものもある。風も穏やかで暖かい。その風に白い小さな梅の花弁が一枚、また一枚と舞う。


「暖かい……」

「麓はもう春になるよ。もうそろそろ桜も咲きそうなくらい。海、というか湖の近くだと少しひんやりするけど」

「湖?」

「そう、浜名湖といってちょっとだけ端が切れてて海と繋がった湖があるのよ。今まで殆ど川沿いの道を通ってきたけれど、その川が流れる先ね。たまに私が持っていく魚の干物も浜名湖で獲れた魚だから、もしかしたら近くまでいく機会があるかもね」

「あ、魚はいつも美味しかったです。祖父ちゃんが腰痛めた時とか、ざざ虫の佃煮ばっかりになるんで。魚、めっちゃ嬉しいです」

「それは良かった。また持っていかなきゃね。で、私達が住んでいるのは浜名湖から東、少し高台になっているエリアね。今日中には着くでしょう」


 今日、明日中に辿り着くつもりだからと道中で山菜も探しながら歩く。コシアブラ、セリ、ミツバなどを少し収穫して終わりにした。ふきのとうや蕨はあまり見つからない。見分けやすい山菜はすぐ採られてしまうせいで、数を減らしている。ドクゼリと見分けが必要なセリだとか、あまり知られていない山菜だとかが残っていた。


「ママー!」

「おかえり、紫珠乃(しずの)。その子は?」

玖村(くむら)さんとこのお子さん。ちょっと、教会の方にも紹介してくるわ」

(たまき)くんも行く!」


 山から持ってきた荷物は、いったん全て『教会』に持っていっているらしい。屋根の上に縦と横の棒を組み合わせた物が立てられていてとても目立つ。


「十字架、見るのは初めて?」

「十字架? あの大きい縦横の棒のことですか?」

「うん、合ってるよ。キリスト教という宗教の建物、つまりイエス・キリストという神様を信じる人達が集まってくる場所。毎週日曜日に『礼拝』といってお祈りしたり歌を歌ったり、『聖書』といって神様のことを教える本を読んだりしているわ」

「わざわざ集まるんですか?」

「わざわざ、かあ。うん、言われてみればそうだねえ。確かに、他にも宗派とか変といえば変なものがいっぱいあるかも。うちはプロテスタントで、会堂の中も木造のシンプルな感じだけど、カトリックって宗派だとまたちょっと内装が違ったりするはず。面白いといえば面白いんだけど、まあ直接見た方が早いわ……先生、ただいまー」


 おかえり、という声。その子、誰? という質問攻めにもあった。大半は壹拾(とおまり)さんより年上で太基(たいき)の母と同じかもっと年上の女性だった。

 壹拾さんの居候という形で数日生活している中で、実際には殆ど毎日のように教会に通っていた。いつも誰かが自分で何とか栽培したとか貰ってきたとかと言って食糧やら本やらを持ち込んでいる。自分たちで使うのではない。定期的に炊き出しをしては子供や老人に食事を振る舞っている。炊き出しに並ぶのは皆、身寄りが無い者らしい。


「5年くらい前、正確には4年半かな。大きな地震があったの。今まで聞いた範囲では西日本の割と広い範囲で酷いことになってるんじゃないかって感じね。ほら、貴方小さい頃に雪崩に巻き込まれたんでしょ?」

「そうですね。8歳とかでしたけどはっきり覚えてます」

「そっか。私も春過ぎに山からわざわざ降りてきてくれた貴方のお母様に聞かされた時はビックリしたけど。その原因がそもそも地震ね。で、身寄りがないとか体力が無いとか、弱い人はどうしてもこういう非常時には生きていくのが難しくなっちゃう。私は貴方のお母様が会いにきてくれて、教会の人達にも助けてもらえたから、生まれたばかりの子供がいても何とかなってきたけれど、未だ生活が厳しい人も山ほどいるのよ」


 今、壹拾家が住んでいるところは比較的地盤がしっかりしているところで、何とか壁と柱は残っているので雨風が凌げている。当時、生まれたばかりの息子を抱えて、それでも教会を通じて知り合った乳飲み子を抱えた家族を暫く泊めたりしていたこともあったという。

 生き残った人々が寄り集まり、避難民同士で助けあったり行政や自衛隊の支援を頼ったりしながら日々を生き延びた。避難所となった学校の校庭や公園に人が集まり、ドラム缶で焚火をして寄り添っていた。そうでもしないと2、3ヶ月後には真冬だったから到底生き残れるものではなかった。誰かが亡くなる話など、もう珍しくも何ともなかった。

 過去の災害と違って、とにかく外部から遮断され続けた。燃料が入手できないのでガスも電気も使えない。スマホはとっくに役立たずで、ニュースは人の噂に頼るしかなく自分たちのコミュニティの外のことは分からない。風の噂では風力、太陽光、地熱や水力で発電した僅かな電力は政府と自衛隊が接収していると言われている。

 浜松に住む人々にとって幸運だったのは玖村家を筆頭に山間部に住む人々が知恵と山の恵みを分け与えてくれたこと、比較的温暖な土地で隣県も含めれば農家が多かったこと、日本の他の地域と比べて地震対策の進んだ町だったことだろう。

 壹拾家の場合は太基の母が紫珠乃を訪ねてきてくれたおかげで、彼らの知恵も借りながら生きていくことができた。太基の母もただ紫珠乃を心配してきたというだけでは無い。姑、つまり太基の祖母が震災直後に出て行ってしまって音信不通になっていたせいである。


「祖父ちゃんに聞いても何も教えてくれなかった……」

「貴方が雪崩に巻き込まれた後、相当酷い喧嘩になったらしいわ。その後に出て行っちゃったもんだから、貴方には言えなかったんじゃないかな」


 人を探すなら、それと引き換えに教会を拠点としたボランティア活動を少し助けてくれないかと紫珠乃が頭を下げた。こうした繋がりのおかげで海沿いと山間の町での交流が続いた。そのおかげで幾つかのことが分かった。

 山間に『越えられない鏡の障壁』がある。海からの船もない。だから海外からの災害支援どころかエネルギー資源の輸入も無い。どこからもインターネットが通じない。こうした事実を積み上げて、人々は一つの結論を導き出した。


《私達は閉じ込められ、孤立している》



 太基は町に着いた翌朝から炊き出しの手伝いをさせられ、午後は初歩的な読み書き算数の勉強をさせられた。勉強はどうも苦手だったが、逃げ場は無い。紫珠乃の息子だからと教会に預けられている環が遊んでいる間に面倒を見るのも太基の役割にされてしまって、離れられないのだ。太基が勉強しているときに限って寄ってきて、『これなあに?』の連呼が始まるのである。


「僕が面倒見るとか教えるとかじゃなくて、壹拾さんで良く無いですか!?」

「あら、教える方がただ教わるより頭に入るわよ? それにね、住所と宛名が読めて、物々交換でも損しない程度には計算が出来ないと大人になったときに生きていけないよ。悪い奴に奴隷の如く使われたくなければ、最低限のことは覚えなさい」

「山でいくらでも生きていけますって」

「服とか靴とかまで自分で作って、家の修理もできるなら大丈夫かもね」


 そんな話をしてから更に数日過ぎた。今日も今日とて紫珠乃は会堂の扉を開く。昼下がりの時間には数十人という規模で外国人を中心に子供達が集まってくる。そこに日本語講師だったという人が入る形で日本語と簡単な読み書きの練習が始まる。太基はこの時間も一緒に受けることになっていて、今日は環も一緒にいると言い張った。環の相手をしている間に、壹拾さんはいつの間にか牧師の先生に呼ばれているからと別の部屋に行ってしまった。


「太基君、明日は授業無いよね。時間ある?」


 話しかけてきたのはブラジル系の少女である。浜松は大きな製造業のメーカーや、それに伴う情報産業で働きに来ている外国人が案外多い。彼らもまた日本に閉じ込められる形となって一緒に暮らしている。とはいえ放っておくと日本人は日本人、他は出身国ごとのコミュニティに分断されてしまう。そうなったときに一番厄介なのは情報共有と教育、つまり密なコミュニケーションが必要な分野だった。紆余曲折経て、結局彼らが集まったのはキリスト教という宗教的な拠り所だった。教会側もそういうニーズに向き合っていった結果、こうして小さな日本語学校みたいなものまでできている。


「どうだろ、出来れば山に行きたいんだけどな」

「ここから? ちょっと遠いじゃん。それよりさ、私達が皆で集まっている辺りに雑木林があるんだ。そこに生えてる食べられるものが無いか教えてくれない?」

「ん、じゃあ聞いてみる」

「ありがとう! お父さんとお母さんも、日本の植物で食べられるものとか使えるものがどれか分からないって言ってたから教えて欲しいの。日本人はいいよね、なんか気づいたらフキノトウとかゼンマイとか採り始めててさ」

「採ればいいじゃん、やりすぎると全部枯れるけど」

「だって、知らなかったんだもん。教会来てなかったらとっくに餓え死にしてる。お母さんもお父さんも、日本の会社の工場で真面目に働いてきたんだ。日本に定住してきたけど、閉じ込められるなんて思ってなかったって言ってる」

「僕も思ってなかったし、麓でこんな生活してるって知ってビックリしてるよ。ていうか食糧探してるわりにキノコとか放置されてない?」

「だから、知らないんだってば。帰れるならもう帰りたいってお父さんもお母さんも言ってるけど、でもここで生きていく他ないし教えてよ」

「壹拾さんが良いって言えばね」


 帰りたい、というなら太基だって山に帰りたかった。雑木林でも行ければ多少気は紛れるだろうと思うが、やっぱり深い山や広い里山とは別物だと声を大にして言いたかった。もっとも、当面帰ることは叶わなさそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ