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ブレイン・シード  作者: 小石丸
1. 綺麗な花には毒がある
13/16

最悪の想定

「他所からのお客様に、なんってこと頼んでんの!!」


 太基(たいき)達が山で遅めの昼食を終えた頃、小学校の保健室からは学校中に響きそうな怒声が響き渡っていた。

 紫珠乃(しずの)が見せた甘味を取り扱う数軒の店のリストが全て蜂蜜を取り扱う店舗であると見抜いた甘味処店主の老女は、すぐさま店番を他の者に任せて小学校まで出向いてきた。

 今は一人前に薬剤師免許を取得し、養護教諭の代わりに子供達を見守る㭭幡(やつはた)さんも、彼女にしてみれば孫娘に悪戯を仕掛けて泣かせていた悪童の頃の印象のまま。㭭幡さんが大人になってもその頃の感覚は抜けていない。

 今日も彼女は悪いことをしたら叱ってやるのが大人の役目とばかりに㭭幡さんのところまで飛んできた。今のご時世、すっかり日々の日課となった親の居ない子達の食事の世話や躾の延長線上といったところだ。


「ちょっと落ち着いてよ! あ、(たまき)君ごめんね。お兄さんが怒られてるだけで、環君は大丈夫だからね」

「隠し子かい?」

「違うよ! 環君、このおばあちゃんとお話しするからね」

「やだ、お兄ちゃん遊んでよ」

「ばぁばはお兄ちゃんにお話があるからね。そうだ、鞄にね小ちゃい万華鏡付いてるよ。見る?」


 不二果(ふじか)も丸一日空いているという訳ではない。それでも少ない時間をやりくりして、手早く革靴を作ってもらうように依頼して神御衣祭の翌日には出来上がるように話をつけてくれた。その後は㭭幡さんの居る保健室に預けられ、環は暇を持て余していた。だから小さな万華鏡のキーホルダーを喜んでくるくる回し始めた。

 改めて㭭幡さんは蜂蜜中毒の可能性と、紫珠乃が同行者の食事、食糧の確保と引き換えに潜入調査を引き受けたことを老女に説明した。話が終わる頃にはもう外は土砂降りの雨になっていた。

 いつの間にか昼過ぎ授業が終わった低学年の子供達が集まってきて、環を教室に連れて行った。雨の音に、子供達が遊ぶ楽しそうな声が混じっている。


「㭭幡さん! まだ居ますか?!」

「居る居る。太基君どうしたの?」

「色々ありますけど、とりあえずこの花、ダメな奴ですか?!」


 保健室に駆け込んできた太基の手には鮮やかなピンクの花弁をつけ、幾つも切れ込みのある葉が茎を抱くように付いた花が一本握られていた。雨の降るなか、以前は駐車場だったと思われる花畑から無造作に一本引き抜いて走ってきたのだった。伊丹さんと文里(ふみさと)もやや遅れて保健室に入ってくる。


「また面倒なモノを持ち込んだな」

「私ゃそこまで詳しくはないが、これケシの仲間だろう? ちょっとアンタ達知ってること何でも教えなよ。この町のためにも知らんふりというわけにはいかないじゃないか」


 元は駐車場だった場所で摘んだ。そう話した後、太基は早々に話に付いていけなくなった。完全に蚊帳の外にされたが、それでも聞いていて分かったことが幾つかある。

 一つは、文里と伊勢神宮で麻の品種の話をした母娘らしき人物の母親の方と『藍林(あいりん)はちみつ』の店主が同じ人物であるということだ。餡餅屋の店主と文里の話を突き合わせると、嗄れた大声で話す女で娘らしい人物がいるという点で一致した。

 もう一つ、『藍林はちみつ』という名前から普通に考えれば蜂蜜製品を取り扱っているはずだが、何故かお香などの取り扱いもしているらしかった。これは伊勢神宮近隣の早耳な商人達の間ではとっくに知られた情報だった。


「CB何とか、って言っていたかねえ」

「CBDとかCBNじゃない、おばちゃん」

「アンタ詳しいね、(ひかる)ちゃんいつの間に勉強したんだい」

「いや、薬剤師だからね。どっちも大麻の成分でリラックス効果があるっていう人もいるね。幻覚作用や依存性はないから一応合法だけど。だけど、この前の蜂蜜中毒事故と併せて考えるとちょっと嫌な感じだ」

「兄ちゃん、ワシにも分かるように説明せえよ」


 伊丹さんにとっては内容が細かずぎたらしい。ざっくり纏めてくれと言いだした。


「四月の祭りの時にめまい、吐き気、低血圧を訴えた子供が出ました。同時に複数人出たので食中毒を疑って調べたところ、一番疑わしいのが蜂蜜でした」


 今年はやたら暑くてツツジ、というよりツツジ科の仲間が早く花をつけている。ツツジ科の植物の蜜はグラヤノトキシンという毒を含み、蜂蜜にもその毒はそのまま移る。 地元では出荷を一時止めていた養蜂業者もいた。当然、蜂蜜が足りなくなるが、その分を補うように奈良から蜂蜜を売りに来た業者がいる。


「『藍林はちみつ』だね。最近ここらに来たんだよ。奈良から来ました、とは聞いていた。蜂蜜、蜜蝋以外に何故かお香の販売もしていると噂があるよ。さっきのCB何とかでリラックスできるって」

「その通りです。ちなみにツツジ科植物の毒(グラヤノトキシン)は過剰接収でめまい、吐き気、低血圧などが出ます。少量なら、筋弛緩によるリラックス効果、陶酔感を得られるという話もありますがオススメしません。食味に影響が出ることもあるようですから、ちゃんと確認する養蜂家の方なら『何か変』と思って出さなかったかもしれません。ネットが使えてた頃は『マッドハニー』と呼ばれて販売されていたこともあったようです」

「まんまドラッグやないかい。そんな蜂蜜売っとるところが合法とはいえリラックスできるお香を売ってる? その上、伊勢神宮にまで押しかけて大麻栽培の話を聞きたがってた?」

「あくまで推測ですが、そうなります」

「そんな奴らに、このアホがよりによってケシの花が咲いとるなんて喋ったんかいな」

「そうなります。お香の販売なんて僕も知ってたら壹拾(とおまり)さんに現物の入手なんて気軽に頼まなかったんですが」

「聞いてなくても毒かもしれないものを探してこいなんて気軽に頼むことじゃないだろう」

「おばちゃん、ごめん。僕が既に散々聞き回ってて、一部の業者さんには随分嫌な顔されてたから。他の人、観光客なら上手くいくかなって」

「言い訳はいいよ。謝るなら壹拾さんの奥さんに直接言いな。私も迂闊だったよ。あの奥さんにリスト見せられて『藍林はちみつ』は良い噂が無いって言っちまった」

「それだけ状況が揃っとるなら、紫珠乃ちゃん、多分そこに真っ直ぐ行ったやろなあ。確かなことは何もあらへんが、最悪の想定はしといた方がええで。こんな誰も彼も大変な世の中やとな、クスリも流行るんや」


 普通の食事が先だとわかっていても出来ないのが人間だ。ストレスの捌け口に食事より酒を求める者は多いが、酒もなかなか手に入らない。

 酒の代わりにドラッグ、という需要が生まれた。売る方は客が欲しいから、気付かないうちに少しずつ薬を盛ってでも中毒者を作り出す。


「というか、売り子もヤク中だったりしてな。一緒に薬やって仲間にするんや。薬に縋るしかない奴に向かって寂しくないぞ、って」


 伊丹さんが語るのは『最悪の想定』だ。紫珠乃と不二果が無事で済まない可能性の話だ。

 文里はすっかり青ざめ、㭭幡さんと店主の老婆は気まずそうに黙ってしまった。


「でも文里さんの会った母娘の娘さんの方って、かなり明るい髪色なんですよね。もしかして明るい栗色の? ねえ、もし不二果さんならきっと大丈夫ですよ。あの人、少し話しましたけど悪い人じゃないです。だいいち、㭭幡さんの彼女さんなんでしょ!」


 沈黙に耐えかねて、少しでも皆を安心させたいと口を開いた。最後の方はちょっと声が大きくなってしまった。


「不二果ちゃんね。うん、彼女はとても良い娘だ。一目見た瞬間から好きだ。疑いたくはないんだ。髪色は一致しているみたいだけどね。明るい栗色のロングヘアだ」

「ロングヘア? 僕の見た子は明るい栗色なのは合ってるけど、後ろでお団子に纏めてましたよ? ロングじゃないんじゃないかなあ」

「どれくらいの大きさのお団子だったかい」

「拳大?」

「じゃあ解いたら随分長いはずだよ。光ちゃん、髪型の好みでも言ったかい?」

「うーん、サラサラで綺麗だって話ならしたけど。髪色も綺麗でいいなって」

「じゃあ、アンタに会う時だけ解いて見せてるのかもねえ。この暑い中ロングヘアなんて私だったら絶対嫌だね。随分、いじらしいじゃないか」

「兄ちゃん、そんな良い子と付き合うとんのか。そりゃあ、兄ちゃんが信じて守ってやらんとあかんな」


 その言葉に、㭭幡さんはぐっと表情を引き締めた。文里も真剣な面持ちで伊丹さんを見る。


「僕はシズを守るためなら何だってしますよ」

「不二果ちゃんは絶対守ります。どっちみち神御衣祭(かんみそさい)には出店してくると思うので、そこで捕まえないと被害が大きくなります。マリファナは伊勢麻の品種じゃ作れないみたいだし、マッドハニーは依存性が無いので死ななければ回復できます。だけどケシは最悪です。採った乳液を乾燥させるだけでもそれなりに効きますし、依存性は他のクスリと比べて段違いなんで」

「その意気やで兄ちゃん。ま、クスリ作るのも時間かかるはずやで。今日は焦ってもしゃーない。紫珠乃ちゃんかて今まで何度も山菜採取して食い繫いどるんや。そこのアホより口に入れるもんには慎重やと思うで」

「伊丹さん、もうアホ呼ばわりは勘弁してくださいよー」


 文里が情けない声をあげ、皆が少し笑った。いつの間にか土砂降りの雨は上がり、戻ってきた環が文里の膝に乗って笑顔を振りまいた。

 『最悪の想定』としてもう一つ、伊丹さんが口にしなかった話がある。もしかしたら、不二果もグルかもしれない。そうしたら、不二果も捕まえなければならない。敢えて触れないのは、明日の行動の要となる㭭幡さんの士気を損ねないためだ。


 その夜、紫珠乃は帰ってこなかった。

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