⑤ 貴重なスケッチ
「ねえ、キミ……。」
それまで京子の後ろに立って、ずっと黙っていたサン・ジェルマンが話し出した。
「これをあげるから、ちょっとその辺の物をスケッチしてみなよ。」
そう言って彼は、A4サイズほどの紙を10枚と、同じサイズの画板、そして茶色の鉛筆を、両手に持って差し出した。
まったく、どこまでも用意周到な男である。
「でもお母さんが、知らない人から施しを受けたらいけないって……あっ!」
レオナルドは、サン・ジェルマンの顔を見てひどく驚いていた。
「お父さん……にそっくり。でも服装がいつもと全然違う……オジサンは誰なの?」
「顔だけでは判断しないか。さすがに観察眼が鋭いね。オジサンはね、お父さんの遠い親戚なんだよ。だから知らない人じゃないんだ。これをもらってもお母さんに怒られたり、心配かけたりしないんだよ?」
「……そうなんだ。」
何だかんだ言ってもまだ小さな子どもである。一応、納得したようだ。
実は、よほど絵を描きたかったとみえて、彼はすぐに、その辺の草花や落ち葉などを、夢中になって描き始めた。
その中でも京子が一番驚いたのが、川の水流を描いたスケッチだ。
流れる水の姿を、あっという間にリアルに線描して見せる。
とても5歳やそこらの子どもの成せるワザでは無かった。
そして、物の表面だけでなく、その内部構造まで捉えようとする意図が、どのスケッチからもハッキリと観て取れた。
やはりこの子は天才だ。
そんな気持ちで隣で様子を見ている京子に、レオナルドが言った。
「お姐さん、お礼に少しだけ描いてあげるよ。」
すると、彼はあっという間に京子の横顔を線描した。
それはスケッチでありながら、鬼気迫るほどのリアルな描写だった。
「はい、どうぞ。」
彼は彼女に無造作にその紙を渡した。
「えっ、もらっていいの?……ありがとう。」
京子は天才から直筆の作品を受け取って、ドギマギする。
「仕上げる時間が無くてごめんね。」
彼はそう言ったが、その絵のどこをどう直したらよいのか、彼女にはさっぱりわからなかった。
「お話ができて良かったよ。レオナルド君。」
おもむろにサン・ジェルマンがそう言った。
もうこの会見は、切り上げた方が安全ということか。
「私も。逢えて嬉しかったわ。」
京子も話を合わせることにした。
「紙と鉛筆をありがとう。また逢えるかな?」
レオナルドは少し寂しそうだった。
「逢えるといいね。もしキミが本気で逢いたくなったら、逢えるかもね。」
サン・ジェルマンは微妙な言い方で返した。
そして、二人が馬車に乗り込むのを、レオナルドはずっと見ていた。
馬車のドアの中がビートルの助手席になっていて、京子は少し混乱した。
「そう言えば、そうだったわね。」
間もなく馬車は、レオナルドの目の前で垂直上昇した。
「因みに、今、光学迷彩は使ってません。」
サン・ジェルマンがしれっと大変なことを言う。
「えっ、じゃあ、外のレオナルドに丸見えってこと?」
「それでいいのです。」
サン・ジェルマンはまるで❝バカボンのパパ❞のようにそう言ったのだった。




