③ イタリアの少年
「ところで京子さん、イタリア語の方はご堪能ですか?」
ハンドルを握るサン・ジェルマンがおもむろに尋ねる。
「英語と、フランス語を大学で少し勉強しただけ。イタリヤ語はあいさつ程度ね。使いこなせないわ。」
「それでは、早速そのペンダントの次の使い道ができましたねえ。」
「どういうことかしら?」
「それは万能翻訳機の機能も持っているのですよ。とりあえず京子さん用に、あらかじめヒアリングを❝他言語から日本語❞にチューニングしてあります。そして京子さんが話す言葉は、相手の言語に翻訳されて、そのペンダントから流れる仕組みです。」
「なかなか優れものなのね。」
「私がですか?ペンダントがですか?」
「両方よ。」
いい大人のクセに褒められたがりやである。
「京子さんに褒められると嬉しいデース。」
「何でまた急にカタコトになるのよ。」
「ああ、すいません。ついテンションが上がってしまって…。」
この男、どこまでマジなのかしら?
「つまり、これから行く場所はイタリアのどこかなのね?」
「はい。そしてある人物と会っていただきます。」
「そんなことして大丈夫なの?ほら…あの…タイムパラドックスとかいう…。」
「大きな間違いを起こさなければ、大した影響は出ません。❝時の流れのチカラ❞は偉大なのです。」
「私、随分信用されているのね?」
「それはもう。私の目に狂いは無いはずですから。」
「…どうかしら、ね?」
そんなことを言いあっているうちに、クルマは目的の時空に出たようだ。
フロントガラスの外には、のどかなヨーロッパの田園が広がっていた。
二人はドアを開けて地上に出る。
ふと振り返った京子はギョッとした。
今出て来たビートルが、二頭立ての馬車になっていたのだ。
「ああ、コレですか。立体ホログラムですよ。クルマの姿が時代に合わない場合に使用してます。よく出来ているでしょ?」
またまたサン・ジェルマンが愉快そうに説明した。
確かにワーゲンビートルのボディは、色々な時代にマッチする普遍性の高いデザインだ。
とは言え、中世ヨーロッパに大きな銀色のカブトムシが現れたら、さすがにちょっとした騒ぎになるだろう。
そんな想像をした京子は、つい、フフッと笑ってしまった。
「さあ、あそこの川辺でしゃがんでいる少年に話しかけてみて下さい。きっと楽しいですよ。」
彼にそう言われて見ると、そこに金髪の美しい顔立ちをした、5歳ほどの幼児が居たのだった。




