⑩ 初デートのフィナーレ
それは壮大なセレモニーだった。
まずギリシャの選手団が入場し、以下アルファベット順で各国が続く。
Jの順番で赤いジャケットの日本選手団の入場。
その他の国々も楽しそうだ。
やがて、はるばるオリンピアからリレーされた、聖火を運ぶランナーがやって来ると、ひと際歓声が大きくなった。
そして彼は長い階段を登り切り、無事に聖火台に聖火が点火された。
会場は最高潮の盛り上がりを見せた。
京子は自然に頬を涙がつたうのを感じた。
静寂の中、選手宣誓。
盛り上がる時と、静かに聞き入る時をわきまえる。
自制の効いた日本人の国民性が出る。
平和の象徴として8000羽のハトが空に放たれる。
と、同時に、上空に5機の航空自衛隊機がやって来て、昨日までの雨がウソだったかのような青空に、5色の飛行機雲で五輪の輪を描いたのだった。
これが私の生まれた年に開催された、日本で初めてのオリンピックなのね。
徹底したアナログ手法を使った演出。
しかしその一つ一つが実に効果的に生きている。
デジタルに頼らなくてもここまでの事が出来るなんて。
京子はもう、涙が止まらなかった。
「良かったら、コレどうぞ。」
サン・ジェルマンがハンカチを差し出す。
京子はそれで頬をぬぐった。
「ねえ。」
「何です?」
「今日は素敵なデートプランだったわ。」
「それは良かった。」
「完璧すぎるくらいよ。私のツボをよく心得ている…。」
「当然、そうでなくては!」
「貴方、いつもこんなことしてるの?」
「いえいえ、貴女だけが特別なのですよ。」
「ウソおっしゃい!手慣れ過ぎだわ。」
「…正直に言うと、私も見かけは36歳ですが、実際にはいささかそれより長く生きおりまして…それゆえ、若干、他の男性方よりも経験豊富である、と言うに留めておきましょうか。それ以上尋ねるのは無粋というものです。」
「…そうね。あなたの言うとおりだわ。興ざめになってしまうわね。」
「はい。そうですとも。」
「ここは素直にお礼を言っておくわ。今日は本当にありがとう。今までの人生で、こんなに感動的な一日を送ったことは無いわ。」
「それは身に余る光栄なお言葉ですな。」
「やめてよ、もう。」
二人は笑顔になった。
その後、退場の混雑を避けるために再び時を止め、二人はクルマに戻った。
そしてサン・ジェルマンが帰着地を入力し、帰路についたのだった。
すっかり放心状態の京子がふと気がつくと、クルマはもう、上社駅前に到着していた。
二人は一旦クルマから降りた。
「今日は本当にありがとう。とてもいい初デートだったわ。」
今や京子は、なんのわだかまりも無く、心の底から言えた。
「ご満足いただけて良かったです。また逢ってくれますか?」
ニコニコ顔のサン・ジェルマン。
「もちろん。またこのペンダントで連絡するわ。」
「楽しみにしてますよ。」
そう言うと彼は運転席に戻って、サイドウインドウを下げた。
「じゃあ今日はこれで。また、近いうちに!」
彼が窓から手を振った。
「そうね。またね!」
京子も小さく手を振る。
やがて彼の運転するシルバーのビートルは、猪高小学校へ向かう坂をスルスルと登りだし、てっぺんの交差点前でフッと消えてしまった。
「どうやら私の負けだわ。もう結婚しちゃおうかしら。」
そんな事をうっかり呟いてしまう京子であった。
⋯以下、「奥様は雪女」に続きます(>ω<)




