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#12「鈍い痛み、紡ぐ祈り」

「……さむ……」


 冷たい風を感じて、リゼラッタは思わず、吐息と共に肩を震わせた。


 町には、小雨が降り出していた。フーガの前から逃げ出した彼女は、その雨を避けようとするそぶりも見せず、顔を伏せ、街道の真ん中をぼうっと歩いていた。


『嫌に決まってるでしょ、魔女と友達なんて』


 言葉では説明できない、特別な縁のようなものを感じて、リゼラッタは彼女に力を与えた。そして彼女は無事、眷属になった。


 そのまま、友達にだってなれると思っていた。そんな彼女に、リゼラッタはそう言われた。


『魔女に死を!』


 "十天教"は、罪なき者をみんな救ってくれると聞いていた。魔女狩りをしているというのも、きっと何か理由があるのだろうと思っていた。


 だけど、賢いあの人と、あの人を尊敬する人達からの答えは、それだった。


 心が陰るには、十分な出来事だった。


(……やっぱり、生きてちゃいけないのかな)


 リゼラッタは、戦争が起き、仲間がみんな死んだあの日から、ずっと疑問に思っていた。自分に、生きる価値はあるのかと。


 そして今、いよいよ自信がなくなったリゼラッタは、その首に自らの両手を添えた。


 力を入れれば。その肉の管をぐっと締め付ければ、全てが終わるのだろうか。生きるべきではない命が、生きるのをやめてくれるのか。きっと、それは良いことだ。


(…………ああ)


 手に力が入らない。やっぱり、無理だった。


 自分のせいで大勢死んだのに。今もまた、大勢死んでいるのに。


 それでもやっぱり思ってしまう。生きたい。ただ、生きていたい。ふつうにご飯を食べて、誰かを話して、誰かと寄り添って眠る、特別じゃないそんな日々が欲しい。


 だって、懸命に生きていたあの日々は、すごく幸せだったから。


 ああ。


「…………っ」


 ただ、しあわせにいきたいだけなのに。


「っ…………くっ………………う゛ぅ…………ッ!!」


 それがすごく、いちばん、こんなにも、むずかしい。


 耐えられなくて、彼女は暗い裏路地へ逃げ込んだ。いい歳して、道の真ん中で嗚咽を漏らす少女に向けられる周りの視線が、恥ずかしかったから。


 前も見ずに歩き続けて、そして、目を擦りすぎてまぶたが痛くなってきた頃。


「…………はぁ」


 ようやく落ち着いてきたリゼラッタは、小さなため息を一つ漏らした。


 頑張って泣き止んでみたけれど、だからといって、何かが変わってくれるわけではない。そんな、やるせない現実に対して、つい漏れた吐息。


 死という言葉が頭をぐるぐるして、なんだか視界までぐるぐるしてきた。リゼラッタはたまらず、右の壁にそっと寄りかかった。


「………………」


 そして、ぼうっと濡れた地面を見下ろして、数秒。




 がんっ




「…………ッ!?」


 重たい衝撃が頭に走り、体がびりびりと痺れ、視界はぐわんと歪み出す。


 自分が頭を殴られたことに気が付いたのは、後頭部が急激に熱く、そして灼かれるように痛くなり始めてからだった。


(し…………まっ)


 そして、状況を読み解いた直後にはもう、リゼラッタの意識は闇へと落ちていった。






「!」


 首筋に冷たいものが触れて、リゼは飛び起きるように目を覚ました。


「痛っ」


 飛び起きる"ように"──実際には、リゼラッタは飛び上がることはできなかった。鎖が軋む音がした後、彼女の腕の中が何かに挟まり、鋭い痛みが走っただけだ。


「これは……」


 薄暗くじめじめとした、寝室程度の広さの地下室。気がつくと彼女は、そこで鎖で縛られながら、椅子に座っていた。


 殴られ、気絶して、そして私はどうなった──彼女はすぐさま辺りを見回した。


 そして部屋の中に、3人の人物を見つけた。


「…………?」


 一人は、見知らぬ茶髪の少女。リゼラッタと同い年くらいの見た目で、彼女と同じく椅子に縛られている。ひどく不安げな表情と震える瞳を見て、彼女がここにいるいきさつはなんとなく察せられた。


「司祭。奴が目を覚ましたようです」


 もう二人のうち片方は、十天教の礼服を観に纏った、若い聖職者の男。


 そして。


「ああ。では、"審問"を始めようか」


「……アルフレッド……!」


 リゼラッタに睨まれた壮年の男性は、ふんと鼻を鳴らした。彼女のことなど、歯牙にもかけていないかのように。


 ここで、リゼラッタはおおよその状況を把握した。


 "審問"──否、魔女狩りが始まるのだ。きっと、さっきの様子を見て怪しまれ、つけられていたのだろう。今宵の犠牲者はリゼラッタと、恐らく、隣に縛られている少女もだ。


(……そんなことは、させない)


 始める前に止めてやる。そう思い、リゼラッタは目を閉じた。


 集中して、体に宿る熱いもの──エネルギーのようなものを、髪へと集中させる。こんな鎖、髪を硬化させる魔法で、簡単に引き裂いてみせる。


「…………あれ……魔法が……?」


 リゼラッタは思わず、そんな声を漏らした。


 髪が硬化しない。何も起きない。魔法が、使えない。


 普段も一日に10回20回と使っていれば、いずれ魔法の力がガス欠になる。それ自体はおかしなことではない。


 だけど今日は、朝から1度しか魔法を使っていないのだ。


「今魔法と言ったか? ほら、使って見せなさい」


 その様子を見たアルフレッドが、冷たい表情でリゼラッタに言い放った。


「使えない……どうして……」


「教典にあった、魔女を退けるという鉱物"黒楼(コクロウ)"……やはり、我らの教えは正しかった」


「!」


 まずい。リゼラッタは、額に汗を浮かべた。


 彼女にとっても初めての事態だが、残念ながら、教典とやらが言う通りのようだ。


 ガス欠なのではなく、この鎖の材料たる鉱物"黒楼"が、彼女の魔法を阻害しているのだと見て、間違いなさそうであった。


 現状、この拘束を解く手段は無い。


「ッ……魔女を探しているのでしょう? 私が魔女です! 私だけが魔女です! だから、あの子は解放しなさい!」


 魔女狩りを止めることはできなくなった。ならば今は、隣のあの少女が巻き込まれることを、何としても回避しなくては。リゼラッタはそう思い、懸命に言い放った。


「そうか。潔いな」


 アルフレッドは頷き、そして何故か、リゼラッタではなく、隣の少女の方へ歩いて行った。


「?」


「失礼」


 そして。


「ふんッ!」


 力一杯、回避行動が取れない少女の顔面を、殴りつけた。


「ぶふっ!?」


 少女が痛ましく血を吹く様を、リゼラッタははっきりとその目に見た。


「な……何をしているの!? 言ったでしょう、その子は関係無いと!!」


 当然、困惑と怒りの混じった、そんな声が自然と発せられた。


「ああ、聞いたとも。だが示されたのは、貴様が魔女だということだけだ。この者が魔女ではない、という証拠は一つもない」


「や、やめっ……があっ!?」


 明らかに怯えている少女を、アルフレッドは躊躇うことなく、もう一発殴った。


「この者は、この教会に仕える私の部下と、よく親しげに話していた。だがある日突然、彼は事故で亡くなった。朝一番に起きて庭の掃除をする、素晴らしい若者だった……そんな彼が、何故魔女などに殺されなければならなかったのだ……!!」


 語るアルフレッドの肩は、時折震えていた。それは義憤か、あるいは心から若者を哀れむ気持ちからか。


「……何を……言っているの……?」


 それがリゼラッタには、気持ち悪くてならなかった。


「貴様のおかげで、疑いが確信となったよ。この女は魔女だった。彼は魔女に目をつけられて呪われ、事故に見せかけて殺されたのだ……絶対に許してはおけないッ!!」


 証拠もなく犯人を作り上げ、実体の無い義憤に心を燃やしながら、アルフレッドは叫び。


「許さぬ……神の鉄槌をおッ!!」


「がはっ……げほっ、ごほっ……!」


 腹を抉るように殴られ、痛ましく咳き込み続ける少女の姿を見てもなお、アルフレッドと聖職者は、全く罪悪感を感じないといった面持ちで、彼女を見下ろしていた。


(しまった……あの子、むしろ疑われて……!)


 リゼラッタが自分の失態に気づいた頃には、もう遅く。


「鉄槌を! 鉄槌を! 鉄槌を! 鉄槌を! 鉄槌をォ!!」


「…………っひ…………っふ……」


 もう、少女には声をあげる余裕すら無かった。鼻血と涙に濡れながら、口で必死に浅い呼吸を繰り返す。それは、罪もない子供が味わっていい地獄ではなかった。


「やめて……もうやめて!! 本当にその子は関係ない!! 名前も知らないんです!! あなたも、何か──」


 敵だろうとなんだろうと、縋るしかない。そんな思いで、自分の横に立つ聖職者の方を見上げると。


「…………っ……」


 彼は、泣いていた。


「アルフレッド、司祭は……いつも、審問を……道具を使わず、拳で行われる……拳が傷つく痛みに耐えることで、我らが神に己の熱意、真の正義を示しているのだ……それが、司祭の覚悟……ああ、司祭ぃ……!!」


 それは少女への哀れみではなく、アルフレッドが罪なき者を拷問している、この現状に感動しての涙だった。


 吐き気を催すほど異常な正義が、そこにはあった。


(……………あれ?)


 胃酸が逆上がるような不快感と、心臓を握りつぶされそうな気持ちの中、リゼラッタは思った。


(私が、おかしいのかな……私が、間違ってるのかな……?)


 ほら、また私のせいでこうなった──。


 そんな、今まで積み上がってきた罪の意識は、目の前で拷問を見たことで極限に達し。


(……うん。やっぱり私は、死ぬべきなんだ)


 その意思は、絶望的な暗い終局へ至った。


(……だけど)


 しかし、その真っ暗闇の端っこには、まだ微かな光があった。


(罪もない、あの子だけは……どうかあの子を、誰か……救って……!)


 いつのまにか、彼女の目から溢れていた涙。


 彼女がまだ純粋だった頃からずっと持っている、他者への優しさ。


 それが、最期の祈りになった。






「────リゼラッタぁ!!!」






「…………………………ふー、ちゃん?」




 そして、その祈りは届いた。

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