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【短編小説】あいた口が塞がらない

作者: 青いひつじ


朝。男は目を覚ますと、口元に違和感をおぼえ浴室へ向かった。それから、洗面台の鏡に映った自分の顔に目を丸くした。


「ん?はんたこれは(なんだこれは)」


口が2センチほどあいたまま、塞がらないのである。

下顎を持ち上げるように力を入れると閉じるものの、力を緩めるとすぐにあいてしまう。しばらく力を入れたままで過ごしていると、顎関節が痛みだした。大きくあけることに関しては問題ないようで、あけたままにしておけば痛みもない。ところが見た目が非常に情けない。

一体全体どうしてしまったのか。今すぐにでも病院に駆け込みたい気持ちだったが、会社を休むわけにもいかないので、男はひとまずスーツに着替えた。毎朝お決まりのバナナをあいた口に突っ込み、よく噛んで、歯磨きをし、その他の身支度を済ませた。

バスに乗り込むと、急いで鞄からマスクを取り出し口を隠した。




「おひ、ひょっとひひか(おい、ちょっといいか)」


男が勤めるのは大手製薬会社。会社に到着するやいなや、男は同僚に声をかけた。


『どうしたマスクなんて珍しい。風邪でもひいたのか』


「ひょっと、ひひから(ちょっといいから)」


同僚の腕を強く引っ張りトイレに連れ込むと、男はマスクを外し状況を説明した。


「あはからこんなかんぎでくきがふはがらないんだ。きょうのかいぎのひんこう、かわってくれなひか(朝からこんな感じで口が塞がらないんだ。今日の会議の進行変わってくれないか)」


それを聞いた同僚は小さく吹き出すように笑った。


『またまた。なにを朝からふざけてるんだか。そんなにやりたくないから素直に頼めばいいだろう。おい、そんなことより、上は例の事件で大騒ぎだぞ』


「ひけん?(事件?)」


『開発中の新薬が昨晩誰かに奪われたんだと。保管室は何重ものロックで守られているから、素人が突破することはまず不可能だ。それに社内の警備システムの電源が落ちていたらしい。内部の犯行じゃないかって朝から大騒ぎだよ。お前もふざけてないで、顧客の対応方法考えとけよ』


「ひがうんだ。ほんとうにふはがらないんだ。(違うんだ。本当に塞がらないんだ)」


同僚は男の話を信じず笑うだけであった。


『分かった分かった。変わってやるから変な演技はよせよ。んじゃ、会議の内容確認するからメールで送っといてくれ』


そう言って男の背中をポンと叩くと、颯爽とオフィスに戻ってしまった。




仕事を終えると、男は歯医者へと向かった。

男の通う歯医者の医師は、人間の歯に目がないオタク気質な人物で、顔を見ただけでその人の歯並びから噛み合わせ、骨格までお見通しだという。

以前から気になっていた虫歯の治療と、謎の症状を解明してもらおうと男は考えたのだった。



『こんにちは。ん‥‥おやおや、なにか様子がいつもと違いますね』


男はジンジンと痛み出した口元を緩めると、ノートを取り出すし言葉を書き込んだ。


「さすが先生。実は虫歯以外にもみていただきたい症状がありまして」


『ほう、口周りの筋肉がひどく弱っているような‥‥』


「なんと!やはり見ただけで分かるのですね。そうなのです。朝から口が塞がらないと言う謎の症状に悩まされておりまして」


『おおそれは大変だ。しかし、これは初めてみた症状ですね。一度大きな病院で見てもらった方がいいでしょう。知り合いの先生を紹介しますね。少し個性的ですが、腕は確かな先生ですよ』




次の日、男は紹介状を握りしめ2駅離れた大学病院を訪れた。

診察室に入ると、卓上のラジオからニュースが流れてきた。


『あぁ〜ごめんね。僕は少し音がないと集中できないんだ。それにしても、なんとも不思議な症状だね。私も医者になってもう40年だが、こんな症状は見たことない。どれどれそこに座って、まずはよくみせてください』


医者は軽く指で押さえながら、痛むところがないか確認した。


『ん〜、やはりこんな症状は初めてだ。顎関節も正常。歯も問題ない。痛むところもない‥‥。もっとよくみる必要がありますので、一度レントゲンを撮りましょう』


男はレントゲン室へ案内された。

撮影を終えた医者がレントゲン写真を持って診察室に戻ると、ラジオからひとつのニュースが流れてきた。


『K製薬会社の保管室に何者かが侵入し、開発中の新薬が盗まれるという事件が起きました。犯人は特定されておりませんが、もし新薬を使用していた場合、新薬の副作用として口周りの筋肉が緩み、口が塞がらないという症状がでるということです。犯人らしき人物を見つけられた方は、お近くの警察までご連絡をお願いします』


そこへ撮影を終えた男が戻ってきた。

医者は、ぽかんと口をあけたまま男の方を見た。


「とうひたんてすか。せんせーもあいたくひがふはがらないといったようふてすね(どうしたんですか。先生もあいた口が塞がらないといった様子ですね)」




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