君の声が聞きたい
海を見ると、人は何を思うだろう。
私は昔を思い出す。
ずっと昔。夢か現実かもわからない。けれど今の私を形作るのに、大きな影響を与えた記憶。
綺羅びやかな一日を告げるエメラルド。
空のような深いサファイヤ。
終わりを告げる眩しいトパーズ。
静寂を纏い安らぎを与えるオニキス。
一日で何度も色を変える君を、探さなくなったのは何時からだろう。
ある日ふと、窓から見えた眩い夕日を見て、「ああ、もう会えないのか」となんとなしに思ったのは覚えている。
夢から覚めるような気持ちで、けれどあの時は、確かにこの思い出が現実だったと感じていた。
当時を確信させる写真や日記は、なにもない。
季節がいくつも巡ると、多分アレは夢だったのだと少しは分別のつく大人にもなった。
でも、やっぱり。
あれは幻想でも夢でもなった、と訴える自分がどこかにいる。
彼女─もしくは彼は、確かに居たのだ。
あの時。あの浜辺で。私は確かに出会って、そして友達になった。
あの子はいつも笑っていた。太陽のように眩しく、月のように美しく。その綺麗な瞳をよく細めて、浜辺に来る私を待ってくれている。私だけの、秘密の友達。
沢山のことを話して、遊んで、時には海へ潜ったり、綺麗な貝殻を集めた。手を握って泳いだ海は、特に美しくて、それこそ夢のように幻想的だった。
あの子は随分と寒がりで、冬の間は会えなかったけど、でも温かい陽気になればまた会えて、おしりが痛くなっても岩場でずっとお喋りをした。
とても、とても楽しかった。
あぁ、そうとも。夢だと言い切れないほどに、かけがえのない思い出なのだ。
ねぇ、君は今、幸せですか?
私は今、海に関わる仕事をしているよ。
海より何倍も小さいけれど、沢山の魚がいる、“水族館”って場所なんだ。君が見たら、窮屈な空間だと思うかもしれないね。
そこで魚の世話をしながら、海のことを研究しているよ。人間が海に流してしまう汚水や、ゴミをどうにかしようと頑張ってる。
でも、早くどうにかしたいのに、中々すぐに結果を出すことは難しいんだ。私がもっと天才だったら良かったのに。
いつか、私が胸を張って発表できる研究成果が上がったら。
海を、もっと綺麗にすることができたら。
君に、また、会いに行ってもいいですか?
昔は私ばっかり話していたから、今度は君の話が聞きたいです。君のことが知りたいです。
一度でいいから、また。
そうしたら、君の声はきっと──あの浜辺の波音のようにずっと、私の心に残るだろうから。