1-1 ナゴとナツキの放課後。
夜。
ねっとりと重苦しい闇が町を包み、ただ静かに、ただゆっくりと時を刻む。
時折吹く風が暗くにごった空気を撹拌し、落ち葉をさらいかさりと小さな音を響かせる。
コツコツと、遅い帰宅をする社会人の足音が聞こえては遠ざかり、何かに興味を引かれた犬が吠えてはまた悠然とした黒があたりを覆う。
そんな宵には、街頭の光さえもが闇に溶け、薄れてしまっている。
しかし、その漆黒のなかでさえなお。いや、そんなだからこそさらに黒く、深く、ただただ静かにたたずむ闇があった。光が在るのはただそれよりも強き光が在るがため。
なら闇は?
それも同様である。
突き詰めればどこまでも深く、探れば何よりも遠くそれはどこまでも上が在り、なおかつ下がある。その果てはどこか? それは果てであるもののみが知ることであろう。
ただ、今はそこに在る闇よりも黒きヤミがあることこそが本題であった。
ヤミは微動だにせず、ただまっすぐにその双眸を目の前に倒れる男――男の心臓があったであろう虚空を見つめていた。明るい未来を見つめていたその視線はすでに光を失い、魂すら昇華されただいっぺんの未練をもこの世に残さず、ただ器を除きこの男の存在を示すものはこの世に残ってはいなかった。
やがて、懐中電灯のものと見られる小さな光がゆらゆらと揺れながら近づいてくる。からからと気の抜けたような自転車の音と一緒だ。警官の巡視だろうか。
そうして彼は無事発見される。発見者は驚愕の声を上げ、すぐにどこかへ連絡した。
その時には、すでにヤミは掻き消えいつものような夜――に、死体が追加されたものに戻っていた。
チャイムが鳴る。
それは聞く人、場所、時間によって違う意味を持つものだろう。時報、始業の合図、来客の知らせ、祝福の鐘、取立て、着信音。
そして彼――真白 和にとってはそれはその日の授業の終了を告げる音であるとともに、また本日の『部活』という名の『悪夢』の開始を知らせる魔の合図でもあった。
教室からは、まず部活に行くもの(帰宅部含む)が消える。そして残って友人と会話していたもの、勉強していたものもいなくなる。授業終了のチャイムが鳴り15分くらいか、教室に残っている生徒は和一人だけとなった。
自身の机の上に座り、窓際ゆえの特権としてその外を眺める。和のクラスは校庭に面しており、放課後は基本的にいつも部活の様子が見られるようになっている。野球部とサッカー部の練習風景を眺めながら思索にふける――といえば聞こえはいいがただぼーっとしている――和の姿を見た者には、そこに友人もしくは思い人がいるかもしくは友達もおらず家に帰るのも面倒くさがるようないわゆる一人ぼっちの人間に見えるかもしれない。
‥‥‥基本的に間違っておらず、全否定できるほど友人がいるわけでもないということが和の胸に刺さる。
しかし、実際今はやることがないわけではない。
人を待っている。いや、待たされている。
人には絶対に逆らえない人間が少なからず存在すると、和は高校に入学して学習した。
そしてその足音が刻一刻と廊下の方から近づいてくるのに気がついた。
教室の扉の前。足音が止まる。
和が身構えた一瞬後、扉は勢いよく開かれその犯人に抱きつかれる。
「なぁーーーーーーーごぉーーーーーーーーーーーーー!! 会いたかったよぅーーーーーーーーっ!!!!」
「ごはっ!」
まさにアニメに出てくるような飛びつき方で飛んできた少女を、受け止め‥‥そこねる。
そしてその突撃をもろに胸に受けた。
「――っったいなぁっ!! たまには普通に登場できんのか! あ?」
彼女――藤崎 鳴月の登場の仕方は毎回違う。
あるときは教師風に、あるときはいわゆるツンデレ、頚動脈を絞められて気がついたら鳴月のひざの上で目覚めたなんてこともある。彼女としては忍者風だったらしい。それならそれで和に被害が及ばないようにしてほしいものだが‥‥。
ちなみに入学してからの知り合いではあるが、この登場シーンにおいてだけは必ず違うシチュエーションで現れる。もはや尊敬に値することなのは言うまでも無い。
「それと、ナゴって言うなって言ってんだろ。最後に『み』か『む』をつけろ」
「だって、『ナゴ』の方がじゃない」
「‥‥」
「ね☆」
今「ね」の後ろに星マークがついていた気がする。
和の名前は『ナゴ』と読む。正確には、親のつけた名前ではない。男なら「なごむ」、女なら「なごみ」にしようとふりがなに「ナゴ 」と書いていたらしい。しかし、和が生まれて舞い上がってしまった両親がそれを忘れてそのまま出生届をだしてしまったのだ。
「まあまあ、恨むなら両親を恨みなさいよ☆」
「できるかこのやろう」
とはいっても、どうすることもできずただ泣き寝入りなのである。
「で、今日はなんなんだ? さっさとはじめようぜ」
いつまでも16年前に起こった誤りについて考えていても仕方なく、本題へと話題を向ける。
「ん? おぉ、そうだね。はじめようか」
そういって鳴月は持っていたかばんから書類を取り出して、和の机の前のいすに逆向きに座る。書類を広げると、調査資料、作業日程などいくつかの項目が目次に書かれていた。
「悪いねー、待たせちゃって。司書の先生がうるさくってさー」
ひらひらと手を振り、気にしてないというメッセージを伝える。ちなみに抱きつかれて吹き飛ばされた時に和は一つ後ろの机に移動している。鳴月はその和に資料を手渡し、またもとの席に戻った。
新聞部活動資料。
受け取った用紙の一番上にそう印字してあるのを和は確認した。
「まったく‥‥、新聞部って言ってもまだ学校非公認だろ。勝手やってるとまた面倒なことになるぞ?」
「何いってんのさー、面倒なことはぜーんぶナゴがやってくれるんだから私がそんなこと気にするわけないじゃない」
最悪の場合活動そのものが禁止される可能性も考慮しての注意だったがまったく意味を成さなかったらしい。が、所詮この程度のことはいつものことと和はあきらめている。そうしていつものように小さく嘆息すると資料を読み進めはじめた。
とりあえずこんな感じで始まりました第一章。
中途半端なところで切れていますがそれはまぁ後日、長くても一週間以内には書きますよ☆
ちなみに時系列としては0章のあと数年後のことですね。トトちゃんもすっかり死神が板についてきたころでしょう。そのうち出てきますのでお楽しみに。
ひさしぶりのあとがきだからいっぱい書きたいのに眠くてかけない悲しさ。とりあえず今回はこんなところでどうぞよろしくお願いします。
そしてすごい私事なのですが、バイトがようやく始められることになりました。もちろん連載はやめませんし、むしろペースが上がる可能性すらあります。
‥‥可能性ですが。
誤字脱字等ございましたらお手数ですがご報告お願いします。
そしてこれからもよろしくお願いします。
では。