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第0部最終話:事件の後、99件目の死神達。

今回長いめです。

その日は、穏やかに晴れ渡り読んで字のごとく雲ひとつない快晴だった。

気温も安定しすごしやすく、いわゆる遠足日和。

そんな心も澄み渡るような心地のよいある春の日のこと。


吹きすさぶ風は、まるで私を包み込むかのように。

眼下に広がる風景は、まるで私を受け入れるかのように。

緩やかに漂う空気は、まるで私の最期を見届けるかのように。


きっかけは、ほんの些細なことだった。

ほんの少し実家が貧乏。それだけのことだ。

少なくとも、ほそぼそと生活している分には不自由しないていどのお金はあった。老夫婦が二人ですごすには事足りる程度だ。だが、それだけだ。年を重ねるごとに増えていく借金。溜まっていくローン。奨学金は返還できず、バイトも焼け石に水。家計簿はしだいに赤色のみでかかれるようになっていった。

それは私が就職してからも変わらない。そもそも学歴も薄く、何一つ取り柄といったものがない私に条件の良い就職先が見つかるわけもない。わずかばかりの給料を生活費と借金の返済に充てる。遊ぶ金なんてほとんど残らない。必然、私は付き合いの悪い人間として認識されるようになった。

そんなこんなで友達もいなくなる。

まぁ、入社が同じタイミングだったからというだけでただ馴れ合っていただけだ。友人と呼んでいいものかすら怪しい。

このころの私の生活は、会社に行く、帰る、会社に行く、帰るの繰り返しだ。時折休日ははさむものの特にすることもなく、さながらミルフィーユのような生活サイクルが出来上がっていた。

いつのころか、上司から食事の誘いがあったことがある。しかし、私はそれを蹴った。噂を聞いている限りでは、彼は私に気があったのだとかどうとか。見てくれだけは標準以上、両親が残してくれたものの中で主立ってあげられるのもそれくらいだ。だが、所詮見た目は見た目。それを利用して生活するという方法もあったのだろう。しかし、それにはわずかばかりにのこされた自尊心が邪魔だった。話を戻そう。結論から言うと、そのことがあってから私への虐めが始まったのだ。

友人らしい友人がいない私が知る由もなかったが、例の彼は一部の女性社員から多大なる人気を得ていたのだとか。そいつからの誘いを蹴ったことが虐めにつながるのはわけが分からないが、女というのはそういうものなのだろう。どうせ受けてたとしてもいじめてたくせに。

で、最初のほうこそ軽いものだった虐めも徐々にエスカレート。

帰ろうとして私服がなくなっているのなんて珍しいことでもなくなった。なにより、上司までもが彼女らに懐柔されて見てみぬふりをする。このくそ会社め。

そんな過剰な虐めに耐え切れず、私は今日この埠頭から飛び降り自殺をするわけです。


っと、まあ前置きはこれぐらいでいいとしよう。

どうせ嘘八百。虐めなんてないし私服もなくなっておりません。

そんな雰囲気を醸し出してみたかっただけでございます。

岸壁に打ち付ける波音が絶え間なく耳朶を叩く。

海特有の塩の匂いをはらんだ風が吹きすさび、肌にまとわりつく。

十数分もそうしていただろうか、波の音に混じって一つ、小さな足音が聞こえた。

しかし、特にこちらに話しかけてくるわけでもない。むしろ、私が話しかけるのを待っているような気配さえある。

それからさらに十分ほど、特に何もせずに海を眺め続けていたが明らかにこちらに向けられている気配に我慢ができず、話しかけた。

「何か‥‥御用ですか?」

「‥‥私、ですか?」

帰ってきたのは予想外におしとやかな声。

こんな場所にはあまりにも似つかわしくない声だった。

「あなた以外に誰がいるんですか」

「一応私のパートナーとかはいますけどね」

いきなり見てもいないのにそんなことを言われても分からないが、私に否があるわけだし特に反論はしない。

「で、結局なんのようなんですか?」

「はて、私、あなたに用があるなんていいましたっけ?」

‥‥言ってないけど。

「さっきから私のこと見てたじゃないですか。それで用がないと?」

「うふふ、最近の若い子は自意識過剰な子が多いのですわね。普通なら私が海を見に来ていると考えられませんか?」

自分だってそうたいして年をとっているわけでもないのに年寄りのような言い方をする。そして人を苛つかせる話し方をする。

「ここに来てから海も見ずに私に視線がんがん飛ばしてきてたくせに私に用がないとでも? それでも海を見てたとでも?」

「あらあら‥‥、最近の子は後ろにも目があるのですわね」

心底愉快そうに話しているが、正直私にとってはうっとうしい以外の何者でもない。

「でもまぁ、あなたに用事があるのは間違いではないですわ。私じゃないですけど」

「‥‥ちっ、どういう意味ですか」

もはや不機嫌を隠すつもりもない。

「後ろが見えるあなたなら分かるんじゃないんですかぁ?」

しかし、姿も見えない(正確には見てない)女は何が楽しいのか笑いながらおちょくる。まるで逆鱗で音楽でも演っているようなそんな感じだ。

もちろんその逆鱗は私という一個人の所有物なわけで。

そんなもんを楽器のようになれなれしく触れられたあかつきにゃ堪忍袋も破裂しかけなわけで。

「なんですか! いい加減はっきりしてくれませんか!! さっきからぐちぐちぐちぐち‥‥と、です。ね」

女に怒鳴りつけようと振り返る。

しかし、その怒りは彼女に向けられることはなく、ただただ空気中に霧散した。

「え‥‥、お、おかあさん?」

その視線の先には、二人の人物がいた。

一人は見知らぬ女性。先ほどから私に話しかけてきていた、もとい喧嘩を売ってきていた人物だろう。

ところどころに白いレースをあしらった黒服。レースがなければ喪服と勘違いしてしまいそうなほどに黒く、落ち着いた服装だった。

そして何より目立つのがその髪だ。

一言で言えば銀色。

一片の光さえない闇の中でさえなお輝いていそうなほどのきらめきを持った白銀の頭髪。

現に、さんさんと太陽が降り注ぐ(メテオじゃないよ☆)中それでも目がくらむほどに目立つ輝きを持っている。しかし、それを差し置いても彼女は美人だった。すると、私の視線に気がついたのか(わざとらしく)首をかしげる。

向こうに非があるとはいえ多少ばつが悪い。彼女から目を離す。

いや、むしろこっちが本命だ。

なんとも浮世離れした女のその隣、私の怒りが静まった原因。あまりの非現実さを直視することができず、例の女ばかりに目がいってしまっていた。

そこにいたのも女。しかも私がもっとも深く関わった女性。

それはたしかに、1月ほど前に死んだ母親だった。

「そ、彼女。あなたの母親だったかしら。最期にあなたに会いたかったんですって」

注意が母親に向いたことに気がついたのか、近づくように促す。

「一時間。あと一時間だけ彼女は現世に留まっていられますわ。もちろん、留まるのは自分の意思に基づくものですから、それ以上の滞在も可能ですわ。しかし、その場合はそれ相応の罰が下されるということをお忘れなく。では」

そうしてそのまま背を向け、埠頭から去っていった。

あとに残された私と、とうに死んでいるはずの母。

すぐに消えてしまいそうなおぼろげな空気オーラをまとった母に手を伸ばす。伸ばした腕は母の姿を通り抜けるということはなく、しっかりと握り返してくれた。

「‥‥お、かあさん」

母を、しっかりと抱きしめる。

(あの女の言うことを信じるならば)あと1時間。その間だけでも夢を見ていよう。

私を包み込む暖かさが、何よりの証拠で。

私を受け入れてくれる幸せが、確かにそこに在った。




そこから数キロはなれた山中。の上空。そこに、真っ黒な二つの影があった。

片方は、黒を基調としたドレスを身にまとい、もう片方は執事服を動きやすいように改造したような同様に黒を基本とした服を着ていた。

「これで99件目、だったかしら。案外退屈なものね、死神って言うのも」

ドレスの女性――トトは、その銀色の髪を風になびかせながら彼女の相棒に話しかけた。

「その台詞も同じく99回目だったかな。いい加減慣れろよ」

トトの相棒であるソテツがそう答えた。

「だって‥‥、もうちょっと派手なものを想像してたんですのに。ルカさんみたいな」

「あいつはまた別格だ。お前より何年早く死神やってると思ってる」

そう言って今や同僚である一人の死神を思い出す。初見で殺されかけたのはいまでは彼にとってはいい思い出である。

「うーん、これなら見習いのときのほうが派手なことしてましたわね」

指折り数えているのは見習い時代の出来事だろうか。といっても、ソテツが彼女が見習いだったころのことで知っていることは一つしかない。

「やっぱり、ソテツと一緒に死神になったときのことが一番派手ですわね」

「‥‥正直、あれは悪夢だったよ」

ソテツがまだ人間だったころ、金属の塊でできた怪物相手に鉄の棒一本で渡り合ったことがある。‥‥まぁ、結果はいうまでもない。殺されたのだが。

それなのになぜ今ソテツは死神として生きているのかというと

「でも、いいじゃないですか。偶然とはいえ生き延びることもできたのですし」

「‥‥身体が大鎌になるようになって、しかも死神になったことを生き延びたって言うのならな。というか、俺はその前に一旦死んでるんだよ。誰かの手違いで」

そもそもソテツがその怪物と戦う羽目になったのには二つの理由がある。

一つは、ビルの上から飛び降りた(落ちたのか飛び降りたのかは定かではない)時にトトに助けられた。正確には、一旦落下させることによって助けられたのに助けなかったという状況を作り出し、そのあとに復活させたのだ。助けなかったのは、死神として働く上で人間を殺すこともあるという理由から死神の試験に組み込まれている『人を殺す』という内容を完了するためだ。

そしてもう一つの理由は、トトが彼を復活させる際に失敗したこと。失敗というよりは、不確定要素が混ざってしまったのだ。

ソテツの肉体を回収し魂を定着させる際、その前に魂が奪われ失われてしまっていたのだ。

すでにソテツの魂そのものの足取り(?)は追えず、もはや代わりを見つける以外に方法はなかった。魂が表現される際、いくつかの理論がある。魂が生物の本体である。魂は思考である。など。しかし、魂はその肉体の原動力である。それが死神での一般論だ。実際、魂がなくともしばらくは行動が可能であることがそれを物語っている。

で、本人の魂の代わりに別の魂をしようする際には一つだけ条件がある。

その魂が本人の魂より大きな力を持つこと。

つまりは、より長い寿命を残して死んだものの魂が必要だというわけだ。

そのために、くだんの怪物の魂を利用しようとして失敗。

そこでソテツは第二の死を迎えるはずだった。

「あ、あれは不可抗力ですわ。むしろ私がいなければ死んでいたのですから感謝してほしいくらいで‥‥」

そう、はずだった。

怪物との戦いで致命傷を負ったソテツは魂を手に入れられずタイムリミットを迎える。その肉体を消滅させ、この世から消え去るはずだった。

しかし、その直前で条件の当てはまる魂が見つかったのだ。


死神の持つ鎌は、その死神の魂である。


怪物にはじかれたトトの大鎌は偶然にもソテツの下へと飛ばされた。

彼と接触した鎌はその姿を光へと変え、身体に吸収される。

「まぁ、結局はこの魂もトトのモンなんだしな‥‥感謝はしてる」

しかし、その後のことはトトもほとんど覚えていない。

一応怪物の傷痕や現場証拠からトトが怪物を破壊した、と言うことは分かっているがいかんせん記憶がない。ただ、ソテツとトト。彼らの魂が一つになり、奇跡を起こした。それだけは、たしかに心に刻まれていた。

事件のあと、ソテツは死神として迎え入れられることになる。彼はトトの鎌となっていた。彼らはいわば魂を一部共有している状態である。そして彼女のパートナーとして契約も結んでいる。つまり、トトに従属する形ではあるがソテツは死神としての存在を認められることとなったのだ。


「‥‥っと、そろそろ一時間か。どうなってる?」

「ん、ちゃんと成仏したようですわ。娘ももう心配ないみたいですし」

「そうか、じゃあ戻るか。どうせこのあとは何もなかったろ?」

「あ、いえ。ルカさんから久しぶりに会おうと連絡がありましたの」

「ほぉ、珍しいな。なんかあったのか?」

「さぁ? 実際にあってみてからのお楽しみだそうで」

そういって笑う彼女は本当に幸せそうで、ルカという存在が彼女のなかでどれだけ大きいのかがわかる。

「そういえば、トトがその姿になってから会うのは初めてじゃないのか?」

「‥‥そう、ですわね。ふふ、ルカさんよりもないすばでーになった私を見せ付けてさしあげますわ」

黒い笑い。

事件のあと、トトは大人になった。

精神的な意味でも性的な意味でもなく、肉体的にだ。

本来、生まれたままの姿を維持することが多い死神だがソテツと魂を共有していることで彼の影響を受けているのだとか。反対に、ソテツは多少若くなっている。正確には二十歳前後。前のトトと同じ肉体年齢にならずにほっとしていたのはいつのころか。

「よし、じゃあ早いとこ行くか。あいつは怒らせるとほんとにまずい」

「えぇ、そうしましょうか」

ソテツは気がついていない。トトがルカのことを話すときよりも、彼と話しているときのほうが幸せそうだということに。


そうして、二つの影は次第に空の点となりやがて見えなくなった。

お久しぶりです、輪音です。

とりあえずこれで第0部完結です。いえーい(投げやり)。

いろいろと何も考えずにやってしまった感が強く残ってしまうという修行不足な輪音です。

次回、一旦登場人物紹介をはさみ、そのあと第一部が始まる予定‥‥?

とにかく、これで完結ではございませんよ。


ちなみに、作中でソテツクンが着てる服は怪物と戦う前にルカさんがあげたものですよ。たしか。

ソテツクンまで死神になるなんて予想してなかったんでしょうけど、これは良い偶然ですね☆


さてさて、では第一部に向けてがんばりたいと思ったり思ったり。

こんな輪音ですがこれからもどうぞよろしくお願いしまくります。

では。

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