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第壱話:幻の翼。

はい、第壱話です。


まだシリアスです。

たぶん次の話くらいまではシリアスっぽい雰囲気だと思います。

コメディを見たい人は、もう少し辛抱してください。

この世の中には、言葉では説明のできないことが多すぎる。

心霊写真然り、パワーストーン然り、気功然り。科学的に証明できないものの、実際に起こっているところを目の当たりにすることがある。

一部の人間は、その事象を否定するだろう。

偶然。気のせい。奇跡。錯覚。

何とでも言うことができる。

その一方で、人知を超えた現象を実際に起こったこととして認めている人間も少なからず存在する。とは言っても、その大半は実際にそれらに出会ったことすらないだろう。こんなことがあったらいいな、と。半ば希望的観測の元に意見しているだけに過ぎないのだ。


坂田ソテツは、ごく幼い頃からそれらを信じ込んできていた。

いや、彼にとってはそれが当たり前なのだ。

魂は在るものだし、言霊も在る。人間を始めとする生物には気が流れている。

彼自身、説明のできることではなかった。それでも、日々それを感じることはできたし、その恩恵を受けることもたびたびあった。

感覚的に、これは自分だけが見えているものなのだということも分かっていたから、周囲から奇異の目で見られることもなかった。少々勘の良い少年くらいにしか捉えられることはなかった。

中学校に入った頃だろうか。それも、だんだんと感じることができなくなってしまっていた。ごく普通の少年になっていった。

もともと、それが普通だということも理解していたので彼がそれを憂うことはなかった。

ただ、少し不便になったな、と。それこそ、消しゴムを失くしたのとさほど変わらない感情しか抱くことはなかった。

高校を卒業して、大学、就職と平々凡々。ともすればなかなかに順風満帆な人生を送っていた。その頃には幼い頃の記憶などとうに薄れ、もはや思い出すこともなくなっていた。

それほどに、忙しいながらも充実した日々を過ごしていた。

それでも、いつからだろうか。

日々がたとえようもなく退屈に思えてきて、自分のやっていることがとてつもなくむなしく感じてくるようになった。

毎日同じ時間に起き、朝食を摂って同じ時間に同じ電車に乗って、同じ会社に行き、代わり映えのない仕事を同じように繰り返すのだ。彼にとっては簡単すぎる仕事で、やりがいもなかった。いつしか、彼の世界は灰色に染まっていった。


それでも、彼は仕事を辞めることも、手を抜くこともしなかった。

愛想も良かったし、器量も良い。女性社員の間では彼のことは話題になったし、同じ男性社員の間でも、彼のことを妬み、羨みながらも彼のことは認められていた。

人望も厚く、その所為もあってか異例の早さで出世を繰り返し、いつしか彼はエリートと呼ばれていた。

少なくとも、かつての上司をあごで使えるくらいの権力は持っていた。

やらなかったが。

しかし、誰もが憧れるほどの富と名声をもってして、それが彼の世界に色を塗ることはなかった。


そんな毎日を過ごしていたある日。

彼が目覚めると、どうにも説明がつかないような違和感があった。

これは余談だが、違和感や嫌悪感を『感じる』と表現するのは間違っている。頭痛が痛いとか、ハイテンションが高揚していると言っているのと同じなのだ。注意しよう。

ともかく、その日はいつもと違う。そう感じていた。

時計を見ると朝の5時。普段目覚める時間から1時間も早く目が覚めてしまった。

彼は目覚ましをかけない。

ほとんど毎日同じような生活を送り続けているのだ。もう時間になれば身体が勝手に目覚めるほどに慣れてしまっている。朝、いつもよりも早く目が覚める。たったそれだけのことがいつもと違うと、そう認識させるほどに。

いまさらそんなことに気がついたのか、と皮肉に笑った。

そうやって唇の端を持ち上げて笑うととても悪人面に映るそうだが、彼自身あまり気にしていなかった。むしろ役に立つときもあると重宝するくらいだ。

そのまま、いつもどおりに朝食を摂って1時間早く家を出ることにした。

たまには周りの景色でも見て歩こうかな、と。そう思ったからだ。

いつもと同じ景色。

いつもと同じ道路。

いつもよりも悪い天気。

それでも、いつもとは違う心で見る世界には、色がついていた。


当然、早く家を出たのだから早く会社に着くことになる。

べつだん急ぎでやらなければいけないほどの仕事もない。その気になれば急に1週間ほど休んだところで特に問題のない程度には仕事を片付けてしまっている。

だからそのまま彼はそのまま屋上へと上がった。

彼のいる部署から屋上までは5階層も上ればついてしまう。エレベータを待つのも面倒だったから階段であがることにした。


階段を上がるたびにカツンと音が響いた。

普段人であふれているところを見ているだけに、音が響くほどに閑散としている仕事場を見るのは新鮮だった。

そのうち、いつのまにか彼は走って階段をあがっていた。

走って、走って、1段飛ばし、2段飛ばし、3段飛ばしで一気に屋上にたどり着いた。

肩で息をするなんて何年ぶりだろうか。これほど楽しい気分は何年ぶりだろうか。

気持ちが変わっただけでこれほどまで世界は違って見えるものなのだろうか。

弾んだ心で、ドアを開けた。


声も出ない。

声なんか出せない。

声なんか出していられない。

視界の遥か先まで世界は続いていた。

吹き抜ける風は冷たく、肌に突き刺さった。

空を覆いつくす雲は光を通すことなく、世界を暗く染め上げていた。

それでも。

そんなことなんて気にならないほどに世界は美しかった。広かった。

今、この瞬間。これほどまでに世界の美しさを身にしみている人間なんていないのではないだろうかと、そう感じさせるほどに。そんなことすら感じる暇などないくらいに世界に圧倒されていた。

一歩、また一歩と屋上の端へと歩く。

周りの何もかもが気にならない。

一歩ずつしか歩くことのできない自分の足がもどかしかった。

前しか見ることのできない自分の目が鬱陶しかった。

これだけしか世界を感じることのできない自分の脳が邪魔だった。

やがてフェンスにぶつかった。

握り締める。

邪魔だ。

邪魔だ邪魔だ邪魔だ。

フェンスを揺らす。

取れる気配も、ずれる気配もない。

気がついたら、フェンスを乗り越えていた。


落ちるなんて思いつきもしない。ただフェンスが邪魔だった。

飛べないなんて考えもしない。そのとき、確かに自分には羽があった。

落ちても構いやしない。ただ世界を感じたかった。


世界へ―――飛んだ。

鬱になる。

話の内容自体は鬱ですね。

次の話に続けるために必要なんですよ。

本当はコメディにしたいのに、ちゃんと前置きとか書きたいんです。

なのでもうしばらくお待ちください。


次話では女の子も出てきます。

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