第50話 告白
「私も先輩の家が知りたいです」
日向さんが真剣な表情で俺にそう言った。女性が男性の家に行きたいと希望したということは……。そういうことなんだろう。
でも、日向さんは違う。日向さんは悪気なく、ただ純粋にそういうことを言っちゃう子なんだ。そういうところも含めて俺は日向さんが好きだ。
「俺の家といっても普通のマンションだし、特にできることも無いし面白くないと思うよ」
「外から見るだけですよ?」
うん、知ってた。むしろ軽々しく男の部屋に入ると言わなくて安心した。
「じゃあここを出たら俺の家を見に行こうか」
「はい! 行きましょう!」
俺の家っていつから観光名所になったんだっけ? いや、なるわけない。それで喜ぶのは日向さんだけだろう。なんだ、最高じゃないか。
「そうと決まればこれ、早く食べちゃいますね!」
そう言って日向さんは、目の前のパスタを急いで食べ始めた。
「いやいや! まだ時間はあるから、そんなに急がなくてもいいんじゃないかな」
「ふぉうれふか?」
喋れないほど口の中に詰め込んでいるのだろうか? いかん、こうなるともう、日向さんの全てがかわいくてしょうがない。
「そうだよ。せっかくの好物なんだし、もう少し味わって食べよう」
俺がそう言うと日向さんは、少し時間を置いてから話し始めた。
「ごめんなさい、はしたないですよね」
「俺はかわいいと思ったけどね」
俺も今日は恥ずかしいことを、どんどん言っていこうと思う。むしろ今日こそ全部言葉にするべきだ。こういうことは照れるとダメなんだ。
「もう! またそういうこと言うんだから!」
「だって言わないと伝わらないから。日向さんはかわいい」
「ほらまた! もう! 先輩! もう!」
日向さんは口を尖らせて俺に抗議をしている。どうやら日向さんの語彙力がゼロになったようだ。
「ほら、俺も自分の分が残ってるし、せっかくだから食事も楽しもう」
俺は日向さんのペースに合わせて、食べるスピードをかなり落としている。一人だけが食べ終わっていると、もう一人が早く食べなきゃというプレッシャーを感じてしまうと思っているからだ。
俺一人なら、とっくに食べ終わって外に出ているだろう。
その後レストランから出た俺達は、電車に乗って俺の家へと向かった。日向さんから見ると、家から逆方向ということになる。
「私、こっち方面の電車に乗るの初めてです」
「そうなんだ? 俺はしょっちゅう乗ってるよ」
「フフッ、それはそうでしょう。先輩の家こっちなんだから!」
実に中身が無い会話だ。でも俺はただ言葉を交わすだけの、こんな時間を過ごすことが好きなんだ。
夏とはいえ自宅の最寄り駅に着いた頃には、空がすっかり暗くなっていた。それでもまだ、まばらだが駅を利用する人がいる時間帯ではある。
駅を出発した俺達は並んで歩き出した。俺にとっては通い慣れた道だ。
その途中、俺がよく利用するスーパーや牛丼屋の説明をしながら進む。
なんだか本当に観光みたいになっている。こんなの楽しいのだろうかと不安になるが、一つ一つに日向さんが「わあー!」と、リアクションをしてくれるので、俺も楽しむことができた。
そして俺が住むマンションに着くと、俺の部屋はあそこだと指差しをして日向さんに説明した。
「ここが先輩の……」
「特に面白いものは無いから、説明は終わり」
「私、満足しました! 帰りますから先輩、今から私を送ってね!」
俺の顔を覗き込むように、笑顔と元気な声で日向さんはお願いしてきた。
ああ、これはダメだ。かわいすぎる。
「もちろんそのつもりだけど、もう少しだけ話さない?」
「分かりました!」
とはいえ、この辺りで静かな場所といえば公園くらいしかない。
「公園で座って話そうか」
「はい、行きましょう!」
昼間は多くの人で賑わっていたであろう場所も、夜にはまた違った姿を見せる。
俺達が今いる公園もその例にもれず、周りに人がいる様子は無い。
そこまで告白の場所にこだわっていたわけではないが、やっぱり二人しかいない空間で、というのが理想だ。
ベンチを見つけた俺達は並んで座った。少し動くとお互いの肩がぶつかりそうだ。
ここでも日向さんが俺の右側に座っている光景を見て、微笑ましくなった。
「先輩、何を話しましょうか?」
日向さんは分かっているはずだ。そうでないと、さっきまでの積極的すぎる発言に説明がつかない。おそらく日向さんは待っている。
「日向さんが入社した時、かわいい女の子だなと思ったんだよ。初対面だったから本当に見た目だけの印象だったんだけどね」
「嬉しい。ありがとうございます」
「それで俺が日向さんに仕事を教えるって決まった時は、正直困ったなと思ったんだ」
「えー、そんなこと思ってたんですか!?」
「日向さんも俺が仕事を教えるって分かった時、ガッカリしたって言ってたよね!?」
「フフッ、そうでした!」
「女の子との接し方って、俺にとってはものすごく気を使うことだから」
「そんなことはないと思いますよ? 普通でいいんです」
「その普通が俺には難しくて。それが会社の後輩だと、なおさらね。でも日向さんは明るくていつも元気で素直だから、俺はいつも助けられていたんだ」
「先輩、今日はすごく褒めてくれますね!」
「本当のことだからね。だから俺にとって日向さんは『かわいい後輩』だったんだよ。本当にただそれだけで、それ以上の感情は無かったんだ」
俺は日向さんの表情は見ずに、ただ本音だけを語っている。
「俺が異世界帰りだと日向さんにバレた日に初めてプライベートで会って、本当に楽しそうにしてくれている日向さんを見て、その時に初めてもっと知りたいと思ったんだ」
「先輩、それは私も同じですよ? あの日、ただ単純に異世界の話がしたくて気軽に先輩をご飯に誘いました。そこで初めて、先輩ってこんな楽しそうにお話するんだなって思ったんです」
「俺いつもそんなつまらなさそうに見えていたの?」
「はい、見えていました。さっきも言いましたけど壁を作ってるような気がして、決して無愛想ではないんですけど、必要最低限しか話さないみたいな感じでした」
「今はどう見える?」
「今は私のことをいつも見ていてくれる、カッコいい先輩です。如月さんの歓迎会で、私が別のチームの男の人に話しかけられて困っていた時、さりげなく助けてくれましたよね?」
「あれは俺がそうしたかったから。それに俺はずっと日向さんと話していたかったんだ」
「もう! またそんなこと言って! まだ私を喜ばせる気ですか!」
「さっき日向さんは、俺のことばかり考えていたと言ってくれたけど、それは俺も同じだったんだ。俺も日向さんのことを一番に考えるようになっていたんだよ」
「私たち、ずっと同じこと考えていたんですね!」
「実は俺、一緒に夏祭りに行って花火を見た日、花火が終わった後に伝えようとしていたことがあったんだ」
「もちろん覚えてます。私が『帰りましょう』と言ったから、そのまま帰ったんですよね」
「もしよければその理由を教えてくれるかな」
「あの時はですね、本当に聞いてしまっていいのかなと、心のどこかで迷いがあったんだと思います。それに前にも言いましたけど、男の人に苦手意識があって、どうしても慎重になってしまっていたんです。一緒に出かけておきながら、手まで繋いでくれたのに、本当にごめんなさい。でも今は違います」
「そうだったんだ。それなら今、あの時伝えられなかったことを伝えるよ」
俺は日向さんの方に体を向けた。同時に日向さんも俺の方に体を向けたため、見つめ合う形になる。俺から伝える内容は簡単だ。シンプルなことをシンプルに伝えるだけ。
「日向さんが好きです。俺と付き合ってください」
「私もあなたが好きです。大好きです。よろしくお願いします!」
黒髪ストレートロングに長いまつ毛、整った顔立ちの日向さんが月明かりに照らされている。間近でその様子を見た俺は、ただ『美しい』と思ったんだ。日向さんの目に俺はどのように映っているのだろう。
しばらく見つめ合っていると、日向さんが目を閉じた。俺が顔を近づけると唇に柔らかいものが触れ、そのまま唇を重ねた。
この瞬間、『かわいい後輩』は『かわいい彼女』になった。




