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空色

 しばらくして。


 片したテーブルには、スープと干し肉が二人分と、パンを山盛りにした皿が一つ並んでいた。カイルが水を取りに行った時、ついでに注文しておいたものだ。

 しかしながら当のカイルは食べる手が止まっていた。ライラの凄まじい食べっぷりを見せつけられているからだ。

「おいゆっくり食べろ。両手に食べ物を持つな! よく噛め。よく噛め。皿に口をつけて飲むんじゃなくて、ああもう!」

 空腹でたまらなかったライラは、カイルの言葉なんかでは止まらない。最初こそしつこく遠慮していたためカイルは食べさせるまで苦労したが、一度食らいついたが最後、そこからの食欲は雪崩のような勢いだった。

 それからしばらくマナーを注意されていたが、ちょうど今カイルが折れたところだ。

 カイルはスープをすくい、三度口に運んだ。少しは見越してちょっと多めに頼んだはずの料理。それが次々消えていくのを眺めながら。もうこの際マナーはいいから、せめて無表情じゃなくて嬉しそうに食べてほしい。

 下手したら自分の分も食われてしまう。カイルはそこまで腹を空かせていないが、かといって奪われるのは癪だった。

 カイルは機嫌の悪い顔のまま干し肉を一口食べ、ゆっくり噛んで飲み込んだ。

「それで、原書の隠し場所に検討はついてるのか?」

 カイルはそう切り出したが、タイミングが悪かった。

「ふいへはゆ」

「……なにぃ?」

 パンをふんだんに溜め込んだ口に、スープを直接流し込んでごくりごくり。

「ついてない」

 カイルはため息をつく。

「そりゃあ何よりだ」皮肉っぽく言ってから、「教会に忍び込んだりしなかったのか? 簡単だろ」

 干し肉を噛みちぎる音が一つ。

「怖いからやだ」

「そうか。まあそうだよな」

 調教された獣がそれでも恐ろしいのと同じ事なのだろう、とカイルは思った。なにせ捕まったらどんな酷いことをされるか分かったものではないのだ。

 けれどそれが目的なのだったら腹を括るべきなのではとも思った。

「まあそれはいい。だったら僕に考えがある」

 ライラは干し肉を持っていた指をちょっと舐めてから、カイルを見た。また頬がいっぱいに膨らんでいる。

「実は一人だけ、僕を理解してくれている人間が騎士団の中にいるんだ」

「ふうん」友達がいないって可哀想だな、とライラは思った。ブーメランだということに本人は気づいていない。

「同期なんだが、そいつは北方支部長でね。聞けば何か教えてくれるかもしれない」

「友人だからって教えられることじゃないと思うけど」と、残りのパンの数を数えながら言う。

「話の通じない相手じゃないし、あいつにはいくつも貸しがあるから、可能性は低くないはずだ」

「ほんとかなあ」

「それ、あと全部食べていいぞ」

「え? ありがと」手のひらサイズのやつがあと六個ある。カイルは一つも食べていない。

「ま、ダメだったら別の手段を頼ればいい」

「べふのしゅだん?」

「君が支部に忍び込んで情報を引き出せばいい。北方支部は教会との繋がりが深いし、あの街は書物が最も集まる場所だって有名だからな。あそこのデカイ書庫ならかなり見込みはあるはずだぞ」

 ライラはパンにかぶりつきながら嫌な顔をした。

「そんな風に見てもダメだね。君が原書を見つけなきゃ僕が困るんだ。おい食事中に肘を突くんじゃない」

 パンを掴んでいた両腕を、おもむろに下げるライラ。

 それからカイルをあからさまにじっと見つめたまま、噛みちぎったパンを咀嚼する。

 ゆっくりと、一回。二回。三回。四回。五回。そして、

「わかった」

「ガキか」間違っちゃいない。

「それってどこにあるの?」

「ここよりずっと北だ。馬車で三日くらいの場所」

「だる……」

「君は本当に旅人なのか?」

 しかしカイルとしてもちょっとダルいのは事実だった。出費も(騎士の財源を持ってしても)バカにならない。

「魔術師なら、こう、ピューッと飛んでいけたりしないのか?」

飛行系魔術(イティーナ)はロマン」難しすぎて、と言う意味だ。「それに、ワタシは普通の魔術師じゃない。三種類の魔術しか使えない」

 カイルは怪訝そうな顔をした。「詳しく、頼む。わかるように詳しくな」

「呪いのせいで、ワタシは魔術が使えないの」

 今度はカイルが干し肉をかじる。

「だから、借りてる。魔術を三つ」

 ライラはカイルを見た。ライラの方を見て無言で咀嚼している。彼は続きを待っている。

 要するに「続きは?」という無言の圧力だ。

「えっと、ワタシは本を三冊持ってて、」

「ああ、あの本」

「うん。今日開いたのと同じような本を」

「つまり本から魔術を借りていると」

 ライラは口を半開きにしたまま黙った。

「ああ……ごめん。続きを頼む」

「今カイルが全部言った」

「……わるかったよ」

 わかりやすく息を吐き出すライラ。それから済んだ皿を手早く重ねると、マントの裏に手を伸ばし、空いたスペースに一冊の本を置いた。

 空色を滲ませたような装いの、小さめの本だった。

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