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混雑の呪い

「なんでワタシがわかるの」

 カイルは片眉をあげた。ライラも言った後で馬鹿な質問だなと思った。しかしカイルはそう思っていなかったようで、彼は数秒間脳内で処理したあと、

「さあ。なんでだろうな」と言った。

 ライラを認識できていることの異常さは、承知の上ということだ。

 カイルという男は観察によってそれを推測した。ライラが逃走していた時の周りの反応や、ライラ自身の言動などが手がかりとなって。この男、どうやら思考能力はそれなりにあるらしい。

 しかし肝心な原因の方は、本人がわからないというのならばどうしようもない。

 カイルもそれを察した。

「君は、普通の人からは見えないんだよな」僕を殺そうとした何かと同じように。と、カイルは思った。

「少し違う」ライラは抱えた膝頭を見た。「混在の呪い。ワタシへの興味がなくなる。だからわからない」

 本人の意識と関わらず恒久的に発動する魔術を呪いという。

 つまり、ライラへの関心は強制的に削がれるというわけだが、実際のところ見えていないのと大差はない。肝心なのは目に映ったかどうかではなく、見えたと認識したかどうかであるはずだ。

 補足。

「ワタシに対する好感によって効果が薄くなるけど、そもそも初対面で認識するにはきっかけが必要だから……」

 例えば誰かに紹介されるとか、ライラから話しかけるとか。そういうゼロをイチにするきっかけがなければ、ライラへの好感度が上がることはない。そもそも認識できないものに好感なんて持ちようがないのだ。

 カイルは下を向いて少し黙った。

「君はやっぱり……魔術師、なのか?」

 極めて重く慎重な言葉でそう言った。

 対してライラは膝頭を見たまま、目線だけを上げた。そしてまた戻した。

「そう」

 肯定。カイルは黙って立ち上がった。そして置いてけぼりにされたみたいに、呆けた困り顔で目線をあちこちに泳がせた。灰色の髪を何回かわしゃわしゃしてから、彼は言った。

「くそ……」

 その様子には、ライラも流石に顔をあげた。そして「捕まえないの?」と言った。

 悪気はないとはいえ、ものすごく意地悪な言葉だった。

 カイルは壁の方を向いている。

「うるさい。今は尋問してるだけだ」

「そうなんだ」

 ライラはまた膝に頬を置いた。

 混沌を極める市場通りから叫び声や怒鳴り声が聞こえる。雲の間から覗く太陽が、西の空に近づき始めていた。

 カイルが少し振り向いて、砂利を踏む音がした。

「なあ。あれはなんだったんだ」ライラもカイルもお互いの方を見ない。「魔獣って、なんなんだよ」

「魔術を撒き散らす怪物。人間の目には見えない。断罪官(イウデクス)じゃないと討伐不可。でも、別の場所でまた復活する不滅の存在」

 適当に情報を羅列したライラ。

断罪官(イウデクス)でないと不可……君は断罪官(イウデクス)だったのか?」

「違う。さっきのは抑えただけ」

「じゃあ、今もあそこに」

「まあそうだけど……魔獣にはいるとかいないとか、そういう単純な概念も通じない。そもそも獣って言うにはあまりにもみに————」

 言いかけて、膝の間に口を押し付けた。カイルは不思議そうにライラの方を見たが、特に何も言わなかった。

 カイルは今まで、魔獣という単語すら知らなかった。近頃はそういう教育も増えているらしい。

 理由は一つだ。ライラは一つ間を置いてから、脚衣に声をこもらせて言う。

「これ以上は、知らない方がいい」

 カイルのように何も知らない者、魔獣という単語だけは知っている者、その全貌を知る者。さまざまな人間がいるが、魔獣に対して何もできないという点においては共通している。どうにもならないのなら、知らない方がいい。そういう話だ。幸い、魔獣遭遇や魔獣化の例は極めて稀だ。すれ違った人がいきなり死ぬ確率より遥かに低い。

「もう、わけわっかんねえよ」彼には色々なことがありすぎた。「確かにあんな光景、ありえないって思えた方がいいに決まってる。けど、……目の前で人の命が二つも消えたんだ。このままでいるんて、」

「気持ちはわかる。でもできるだけ気にしない方がいい。今日のことも、難しいかもしれないけどすぐ忘れて」

「どう言う意味だよ」

 カイルはライラを見た。だからライラもカイルを見て言う。

「貴方も魔獣になっちゃうよ」

「は」

「カイル」

 突然、全く違う声に名を呼ばれた。カイルが市場通りの方を見ると、女上司がそこに立っていた。

「隊長」

「探したぞ」

 カイルは女騎士に駆け寄って謝ろうとした。彼女も寄ろうとしたが、一歩目で立ち止まる。訝しげな顔をした。

「こんなところで何してる?」

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