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腹の虫

 ライラは入り組んだ路地に逃げ込んでいた。青年はとっくに通り過ぎた。

 ライラは驚きを消化できないまま、砂で小汚い地面にへたり込んだ。ぐう、とお腹が鳴った。

 ライラはマントの裏に手を伸ばした。食べ物などでは当然なくて、それもやはり本だった。さっきと同じ、黄色い表紙の本。それを開きながら、ライラは言った。

「あの人、ワタシを認識してた」

『はい、そのようでしたね』本が返事をした。もちろん本なのだから、文字で。白紙のページに言葉が綴られる。『一瞬だけなら、別に珍しくないんじゃないですか。今までだって何度かありましたよ。ライラは可愛いですから』

「でも追って来てた」最後の部分は無視をした。

『まあそれは……無意識に走りたくなるほど可愛かったのでは?』

 ライラはぎゅっと目を瞑って上を見た。そしてそっと本を閉じ、定位置にしまった。

 人選ミスならぬ書選ミスだ。

「お腹すいた」

 ライラは両手で膝を抱え、膝頭に頬を置いた。太もものあたりまでを覆う脚衣(ホーズ)はボロついていて、布の肌触りが荒かった。

 腹の虫が自己主張をする。

 こういう時、ライラが持ち合わせている対処法はたった一つしかない。眠ることだ。

 ライラは目を閉じた。市場通りが少しずつざわめきを帯びていく。きっとこの音はそのうち大きくなって、しばらく続くのだろうとライラは思った。

 一人死んでしまったことを思い出した。魔獣に人を殺させたことを思い出した。ライラは抱えた膝をギュッと締め付けた。

 ライラは目の前で虐殺が起こっても、胸を痛めたりはしない。人の営みに干渉するつもりがライラにはない。けれど魔獣は別だった。魔獣が人を食うことだけは、ライラには耐えられないことだった。

 いつの間にかうとうとしていて、いつの間にか眠りに落ちていた。ライラの疲れはもう溜まり切っていたのだ。

 その証拠に夢まで見た。姉たちの夢だった。ただし、いくらなんでも路上に座して寝ているわけだから、そこまで深くは眠れない。だからライラはすぐ起きた。

「おいお嬢さん。起きてくれ」

 五回くらい呼ばれて起きたのだから、それはすぐ起きたということできっと間違いない。

「んん…………え?」

 顔をあげると、目の前に青年がしゃがんでいた。眠気が吹き飛ぶ音がする。その後で、本格的に騒がしくなっている市場通りの音が聞こえてきた。

「頼む教えてくれ」青年は顔をライラに近づけた。常人なら驚かない距離だが、ライラは違った。「君は一体何者なんだ?」

 青年は少なくとも悪意のこもった顔ではない。むしろ助けを、暗がりの中で明かりを求めているような、そんな顔だった。

 顔立ちはいかにも若造だ。ただし眉などはきちんと整えられていて、身だしなみや装備の手入れにも全く余念がなく、素人のライラにもすぐわかるほどだった。

 だから案の定、彼は直後に付け加える。「ああ、僕は帝国騎士団のカイル。まずは、助けてもらったお礼を言いたい……。どうもありがとう」

 彼は胸に手を置いた。騎士らしく片膝をたてて、ライラと高さを合わせている。

「ライ……ラ」

 呆然としているライラは名前だけ言った。

 実は青年の容姿や態度なんてものは、ライラの思考の数パーセントくらいしか占めていなかった。残りの部分はそれはもうひどいことになっている。

 しかし青年カイルはそんなの知ったことではない。

「ライラ……ライラって名前なんだな?」

 こくり。

「なら違うか……年齢は? いくつだ?」

 二秒後に首を横に振って否定。

「わからないか……でも格好からして」下の方を向いてごにょごにょ「住んでる場所は? もしかして旅人なのか?」

 硬直のあと、

「待って」ついにライラが言った。「待って」もう一度。弱々しく挙手している。

「どうしたんだよ」

「なんでワタシがわかるの」

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