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魔性と、人性

 ウエルはカイルとライラを見て、大きく息を吐き出した。

「きたない」

 そしてたくさん棘が刺さった体をよじって背中の剣を掴み、片手で振り上げた。

「おいよせ!」

 カイルの制止を完全に無視して、ウエルはレンゼの首に剣を振り下ろした。

 首が切れた。

 ウエルはレンゼだったものの髪をつかみ、顔を自分の方へ向けて掲げた。

 それはもう一切微動だにしない、なおかつ体を無くした、ただのモノ。

「ああやっぱり、こうなればちょっとはマシな顔に見えます」

 恍惚とした表情で、そう言った。この時ウエルは初めて、レンゼの顔に好感を抱いたのである。

「何してんだああ!」

 カイルは思わず叫んでいた。それは怒りを通り越していた。

 ウエルは視線をカイルの方へ移すと、レンゼの首を投げ捨てた。

「見えます。見えます」

 ウエルはジリジリと歩み寄った。

 口から血を流している。胴体からはもっと流している。なのに、どうして動くのか。

 カイルはほんの一瞬だが、恐怖した。

 無理もないことだ。カイルはソレを二度、味わっているのだから。

 ウエルの上体、左半分が黒く変色した。

 そこから崩れることなく、黒いまま形を残した。顔の左側、右の足先も、同じように変化した。

 それはまるで、黒く燃えているかのようだった。

 カイルの恐怖が一瞬に留まったのは、それが魔獣にすらなれていない存在だったからだ。

 ライラはかろうじて顔を上げた。

 ウエルと完全に目があった。少しの間驚いて、すぐにライラは悲しそうな顔をした。

 しかしああなってしまったら、倒しようがないのではないか。

 絶望感が体を伝っていく。

 だがカイルは剣を構えていた。倒せるか倒せないかなど、彼は考えていなかった。

 ウエルがライラを狙っていたから、戦うという選択肢以外なかった。

「カイル待って」

「待たない。君はあれを倒す方法を考えろ」

「でも、そんなの」

「きっとある」

 ライラは沈黙した。カイルのとある変化に気がついたからだ。

「それに僕は、あの人を助けたい」

 カイルの体が白く発光した。

 彼もまた、炎を纏っていた。全身を白い炎で燃え上がらせていた。

 可視化できるほど深い人性(ソムニウム)

「振り切れてるの……?」ライラは呟いた。

 そんな現象をライラは初めて見た。魔獣化の真逆。だがそれは本来、死を意味するはずである。

 ライラは〈主〉を一瞥した。

 直後、カイルは地面を蹴り、ウエルに斬りかかった。

 激しい火花が散った。剣術素人のライラには全く見えない動きだった。

「邪魔をするのですか。カイル・シティード!」

 ウエルは片手で大剣を操り、受け流した攻撃に三度の反撃を浴びせた。高音に空気が震え、閃光が幾度も炸裂する。

「私は穢れを取り除きたいだけなのに!」

 三度全てをカイルはいなした。巨大な触手よりはずっと速かったが、軽い。それはつまり対人寄りであり、カイルの得意分野ということだった。

「魔性は穢れなんかじゃない」

 カイルの言葉でライラはハッとした。

 それはライラ自身も、どこかで諦めていたものだった。

 きっと、だからである。だからライラは自分からきっかけを作らず、人間との関わりを作らず、影に徹してきたのだ。でも、魔性は汚れなんかじゃない。その通りのはずだ。

 ライラは苦痛が随分和らいでいることに気がついた。

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