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異変

 ライラはハッと顔をあげた。ライラはもうとっくに人の群れを抜けてしばらく歩いていたのだが、異変を感じて立ち止まった。

 そして振り返り、硬直して、一言だけこぼした。

「そんな」

 店主は再び、ゆっくりと口を開いた。

「なぜ私たちは生まれてきたのだ」それは鉄の塊みたいに、無機質で冷たい言葉。「なぜ私たちは戻れないのだ。なぜ私たちを見捨てたのだ」

 静まり返った市場通りには、店主の低くか細い声でもよく通った。

 その場にいる全員が、彼の言っている意味を理解できなかった。彼が魔術師かどうかなど、もう誰も考えていなかった。

 店主は空を仰ぎ見た。

「我が管理者たちよ」

 消えた。言葉が、ではない。

 店主が消えた。音もなく途切れるように。

 その場が一気にざわめいた。

 女上司は二歩あと退り、青年は五歩あと退った。

 官吏は特に動かなかったが、顔はその場にいる人間の中で最も青ざめていた。

「嘘だ……まさかそんな……どうして今なんだ」

 直後、全員が地面を見た。小さく揺れていた。

 状況を異変だと認識した一部の人々がその場を離れようとしたが、揺れが一気に大きくなり、足を取られた。

 縦に大きくブレる大市場通り。周囲の果物や武具などの売り物が散乱する。

 そして強烈な破裂音が響いた。多数の悲鳴が後を追う。三人の場所より少し外れた位置で、群衆がもう一つの円を描いた。群衆の注目は既に三人ではなく、その中心へと移っていた。

 青年は、石材の地面に蜘蛛の巣状の亀裂が走っているのを見た。

 すると揺れが収まり始め、代わりに雨が降り始めた。頭が空っぽになっていた青年は、何も考えずに雨を手のひらで受けた。

 そして目を見開いた。それは赤い雨だった。足元が赤みを帯びて濡れていく。血の臭いはしなかった。

 官吏が悲鳴をあげ、騎士の二人を置いて一目散に逃げ出した。ひどく焦っている様子だった。

 青年は働かない頭で群衆を見た。最初は三人を囲むようにして並んでいた群衆だったが、まるで興味が完全に失せたかのように、いつの間にか全員が亀裂を囲んだ円の方に参加していた。

 そして誰も声を発しなくなっていた。赤い雨に沈黙しているのかと青年は考えたが、直後にそれは否定された。

 群衆は亀裂を茫然と眺めた状態で直立し、静止していた。口元はほんの少しだけ笑っていて、目は無表情。両手は体の前で組んでいた。群衆を構成する人々全員が(・・・)である。

 降り続ける赤い雨の中佇む彼らに、青年は恐怖した。

 また大きな音。亀裂が一つ広がった。赤い雨が強くなる。

 走っていた官吏が叫び声を上げた。

 青年が彼の方を見ると、官吏は浮いていた。

 官吏の体は、青年の身長三つ分くらい上空を直線的に移動し始めた。

「なんだこれはッ! 誰か降ろしてくれッ頼む!」

 本人は暴れ叫ぶも一切の効果を示さない。

 魔術だと思った。人の体が浮く現象を、青年はそれ以外に知らなかった。しかし直感的な違和感を覚えた。それは青年の奥の奥に根ざした感覚が示した違和感だった。

 女上司が小さく言った。

「魔獣だ……」

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