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パン一個

 ライラが置いたのは、空色を滲ませたような装いの、小さめの本だった。

「どうせ一緒に旅するから、特別に紹介しておく。この子は〈村娘(むらむすめ)〉。三冊のうちの一冊」

「へえ……」

 カイルはそれを食い入るように見つめた。騎士階級のカイルは実家の書庫で本を見る機会があった。表紙や背表紙に何も書いていないのが気になるくらいで、見たところ何の変哲もない普通の本だ。

「村娘って、タイトルか何かか?」

「名前の代わり。この子達に名前は作らないようにしているから」

「名前、か。そんな人間みたいな」

「開いてみたらわかる」

 ライラはそう言って本を手に取り、カイルの方に伸ばした。

 カイルはライラを訝しげに一瞥してから、そっと両手で受け取った。

 そして特に気兼ねもなくページを開く。中は白紙だった。

 だがしばらくすると、

『気安く触らないでくれる? 手垢で汚れるじゃない』

 文字が浮かび上がった。

「うわ!」

『何よそれ。こんなに失礼な男と旅をしなくちゃならないなんて、ライラが可哀想だわ』

「ええ……」

 不可解な現象と嫌悪感丸出しの文字列。そのダブルパンチによって、カイルの頭の中はバグり散らかした。

「まあまあ」

 ライラが少し可笑しそうに言う。そこから文字は見えないはずだが。

「カイルはしっかりしてるし、大事な人間だよ。仲良くしてあげて」

 ライラの顔を見て、そんな風に話せるんだな、とカイルは思った。

『ライラが言うなら、仕方ないわね。人間として認めてあげる』

「なら一体なんだと思われてたんだ……」

『さっきも言ったじゃない』

「もしかして手垢……?」

 カイルが冷や汗をかいたところで、ライラが〈村娘〉を取り上げた。

「わかったでしょ」

「いやわかんない」

「この子の魔術は、物探しができる。しかもこの子は魔性(アヴァリウム)が浅い方だから、本から分離したりとか、器用なこともできる」

 よくわからない表現が出てきたが、それよりも気になるところがカイルにはあった。

「原書を探せてないってことは、その魔術にも制限があるのか?」

「そう。範囲外だと彼女が見たことあるものじゃないと探せない」

「範囲ってどれくらい?」

「だいたい五百フィートくらい」

「へえ」

 物探しには十分かもしれないが、世界でたった一冊の原書を探すには狭すぎる。

「他の二冊はどんな魔術を?」

「収納と念力」

 移動の手間がなくなるようなものはなさそうだった。念力ならもしかしたら可能性があるのかもしれないが、飛行はロマンとか言っていたので多分無理だ。

「じゃあ、大人しく馬車を捕まえるしかないか。ああその前に騎士団に申請を出さないといけないな」

「え? 今日中に出るの?」

「まさか」

「ああ、だよね」

 今から出れば夜間の移動になるわけで、当然ながら夜間の移動には、盗賊や獣その他諸々の危険が伴う。そのリスクを冒してまで夜間の移動をしようという輩は、よほど緊急の用事を抱えているか、頭のおかしくなった連中しかいないのだ。

 少なくとも今の二人はそのどちらにも当てはまらない。

「やっぱりパン一個もらうぞ」

「ちょっと、」

 最後の一個だった。

 ライラはカイルの口に消えていくパンに名残惜しそうな手を伸ばし、情けない声を上げる。

「ああ……」

 食べてみると思っていたよりも美味しかったので、カイルは若干後悔した。

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